梅雨明けのうだるような暑さのなか、

叔父の法要に参列をいたしました。

 

自由奔放に生きた叔父は、

半世紀以上を海外で過ごし、

そうして望み通りに

異国の地で生涯を終えたのでした。

 

叔父には一人息子のAさんがおります。

 

Aさんが生まれてすぐに、

海外に移住してしまった叔父。

Aさんにとりましては、

生まれた時から父は不在であり、

母子二人で過ごしてきた人生でした。

 

四柱推命でも、

叔父の破天荒ぶりが現れ出ております。

 

日干癸は火に囲まれ、

時柱が不明となりますが

三柱は水と火のみの命となり、

両神相成格に近しい命式となります。

 

仕事や家族に関しましても、

月柱丙午からでる己の倌を絶に

入れている所以からも、

大金を手にしては

新規ビジネスへの参入と投資を

繰り返してきました。

 

大運で水の応援を受け、

ビジネスで一時は華を咲かせましたが、

午の己は、

もはや土ではなく火となります。


午の己を中気でとる場合は、

鑑定には慎重さを伴います。


叔父の場合は確実に、

土は火と化し、

水火剋戦にて自制心の抑制がとれず、

水の大運で火の財(家庭)を悉く破り、

最終的に一人となったのです。

 

叔父が妻と息子を、

家族というものをどう思っていたのか、

誰も彼の心を測り知ることはできません。

 

けれども不思議なことに、

Aさんの命式には、

このたびの法要についての、

叔父からの知らせと申しますか、

彼の最後のメッセージが

明確に刻まれていたのでした。

 

「最後まで勝手な人だったけども、

やはり親子だったのだと思うよ。

Aの命式に現れていた通りになったねぇ」と、

四柱推命を嗜む叔母は

しみじみと語ったのでした。

 

ちなみに後日談といたしまして、

私は法要後、

数日間の体調不良におそわれ、

久しぶりに寝込んでしまいました。

 

思い当たりますのは、

法要が執り行われた寺院です。


室町時代から続く寺院となり、

古い時代の御人や、

叔父が何度も現れるので

すっかり霊気にやられてしまったようです。

 

普段なら影響を受けないのですが、

条件が重なると

このようなことになります。

 

おさまらない頭痛に吐き気、

尋常ではない肩凝りに微熱。

数日で元に戻りましたが、

久しぶりの霊気あたりで、

すっかり参ってしまった次第です。

 

叔父は嬉しかったのだと思います。

Aさんと孫に会えたのですから。


茶目っ気たっぷりの仕草で微笑む姿が、

はしゃいでいる叔父の姿を、

もしかしたら幼い彼の孫には

見えていたかもしれません。


だから一段と叔父は、

張り切って“ここにいる”ことを

知らせてきたのかもしれません。

 

親子として過ごした時間は

なくに等しいものでしたが、

命式には、2人の運命的な繋がり

が明確に記されており、

親子の絆を強く感じるに至る

特別な時間となりました。

 

それぞれの人生から、

多くのことを教えていただいております。


叔父さん

ありがとう。

また、お逢いしましょう!