私が小さい頃、大人たちは「なぜ夢には色が付いていないのだろう」という議論をしていました。今では考えられないかもしれませんが、昔の人は白黒の夢を見ていたようなのです。
幼児期の記憶がけっこう鮮明な私は、自分の夢が極彩色であることをちょっと引け目に思ってました。夢の中で、植物系の宇宙人がウデから輝く緑色の怪光線を放ち、怖くて飛び起きたものです。この映像は今でも覚えています。
記憶力の無駄遣いですね。


あの頃、カメラのフィルムが白黒からカラーに移行した後を追って、白黒テレビからカラーテレビへの買い替え需要がありました。
実は、亡父がカラーテレビを買ってきて、それまであった白黒テレビを兄専用にしてリビングから追い出し、代わりにこの新兵器を鎮座せしめてスイッチを入れたとき……私には違いがわかりませんでした。
そのときまで、どうやら脳内で彩色しながら白黒テレビを私は見ていたらしく、そのせいで父親が期待していたであろう「喜ばしいサプライズ」のリアクションが取れませんでした。ふうん、画面が大きくなったよね〜、くらい。
数年して、兄専用になっていたテレビ画面を見たときに、本当に色がないことに愕然としたものです。では、幼児期に私がそのテレビで見ていた色は、私の想像・創作によるものということになる。このとき私は小学3〜4年生だったはずですが、見ているはずの現実を人間の心理が歪めうるということを体感しました。実は、このことがあって以来、色彩に関しては自信が持てなくなったのです。
絵は好きだったのですけどね。


俗に「色メガネで見る」という表現がありますが、私は地でそれをやっていたことになります。だから、というわけでもないのですが「モノゴトはあるがままに客観的に見ろ」などと言われるたびに、ちょっとシニカルな気分になったものです。
アンタ、そんなに気軽に言っているけれど、客観的に見るというのは、おそらくはかなり難しいことだよ。それこそ、天才の領域の技能。それがわからないから、そんなに気軽に言えるのだろうね…
若い頃の私の考えを哲学用語を使って表せば、認識論的立場から不可知論者に近い考え方をしていたことになります。


この特殊体験は、絵画鑑賞にも影響しているようです。
例えば、ゴッホの絵。人によっては、ゴッホが現実を見たあとに頭脳的な処理を施し、象徴的なものに昇華した結果、あの強烈な作品群が生まれたのだと説明するかもしれません。つまり、人と同じものを見ながら、違うアウトプットをしたというわけです。
でも…恐らくそうじゃないだろうな。
ゴッホには、本当に景色があのように見えていたと思うのです。あの輝かしい生命感にあふれた向日葵の黄色から、死の世界を指差しているように不吉に聳え立つ黒々とした糸杉たちまで。あの明暗の激しさで世界が見えていたからこそ、観測者である彼の精神は著しく磨耗し、削られ、翻弄されて、最後には破滅に至った。
彼の絵が見る人に希望と、そして不安を与えるのは、彼の見た世界の方が現実に近いのかもしれない、と我々の認識を揺さぶるからなのです。

さらに、私の目が特殊だとしても、その私が灰色だと認識してそれと同じ灰色に見える色をパレット上に作り出し絵を描いたのならば、その色をオレンジと認識する人も、絵の中に実物と同じオレンジ色を見る。この場合、相対的なコミュニケーションは成立する。
しかし、私か鑑賞者のどちらか、あるいは両方が、灰色と黒の区別がつかない・オレンジと赤の区別がつけられないときには問題が生じる。区別がつかない、ということはわからないと言うことであり、それは区別する語彙がないことに通じる。
モノを知ることと語彙はイコールではないが、密接な関係があるのは否めない…


と、まあこんな考えが背景があって、あんな文章を書いていました。
色彩論は認識論と直結しているので、この辺を歴史的な時系列順に整理して、表現分布を地域分類するといった文化人類学的なアプローチをすると、楽しい研究になりそうです。やってる人は、いないのかな?
まだまだ知りたいことがたくさんありますね。

世界を見て好奇心が喚起されなくなったのならば…そのときこそが「老い」なのかもしれません。