つづき
「緑」という漢字自体は李白や王維なども使っていますが、同時代の漢詩などには「草、青々タリ」みたいな表現もあり、かなり頻繁に「青山」という表現も出てきます。すなわち、「青」が緑を指す表現は、日本のオリジナルではなく、むしろ大陸由来と考えた方が妥当です。そもそも漢字の世界において、青と緑の区別が曖昧だったのです。
漢文では「みどり」を表す文字が緑・碧・翠のみっつあり、それぞれに微妙な色の違いがあるとネットでは解説されています。
本当にそうかしら?
もうひとつの実例が「碧」という文字。これは文脈によって青でもあるし緑でもある。「碧眼」と言ったら、普通、青い目を想像しますが、漢字の意味からすれば緑の瞳かもしれない。漢詩には「碧海」という表現もありますが、はたして青い海なのか、南国風のエメラルドグリーンの海なのか?
古代・中世初期の中国もそうで、青と緑の語彙はあったものの、その使用はけっこう恣意的で、むしろ韻をふむために使い分けていた感があります。
日本語学者は、日本語内における純粋な派生関係をさぐっているように私には見えますが、実は大陸に範を求めた結果、色彩語も影響されたと考えた方が妥当かな、と思えてきます。
つづく


