つづき
作曲家と演奏家・指揮者の関係は、演劇における脚本家と役者・演出監督の関係に近いものがありました。
少なくとも昔は。
世界的な脚本家といえばシェイクスピアがあげられるでしょうが、いまどき彼の脚本をそのまま上演することは滅多にありません。
なんといっても 400 年以上も前の作品です。大道具・小道具のなかった舞台で場面転換を示すための説明的セリフ、ハムレットなどもフルに上演すれば4時間を超える長さ。娯楽の少なかった昔なら、日本でも忠臣蔵を半日がかりで板にのせてましたが、現代人がそれで楽しめるかどうか。
いきおい、いらないセリフは刈り込む。上演するにしても、舞台の会場の大きさ、客層で演出は変える。俳優の性質・性格でも細かい調整が必要になる。さらに、舞台と映画でも違う。テレビはまた別モノ。
脚本家のセリフをいじるなどけしからんという人もいるでしょうが、文学と舞台芸術は違う。それが嫌なら、自分でスタッフを集めて理想の上演をするか、頭の中で想像でもしてな、となってしまうのです。
200 年前のクラシック音楽界をめぐる状況もこれに近かった。
そもそも近代コンサート自体が、ベートーヴェンの時代に始まったばかりでした。市民がお金を払って音楽を聴きに来るという習慣そのものが、それ以前はほとんどなかったのです。お金を払うからには、それなりの感動を彼らは期待する。貴族が音楽家のパトロンをやっていた時代とは、根本的に変わったのです。
録音技術など存在しない。演奏家たちにとっては、お金を払って聴きに来てくれた目の前の客を満足させられなかったら、次がない。客に受けない音楽を演奏して「これがわからないのは、おまえらの耳がロバだからだ」なんて態度は、とれるわけがありませんでした。
彼らはスコアに手を加える。それは必ずしも彼らだけのため、でもありませんでした。
この作曲家はつまらないという評判がたてば、演奏家たちがどんなに評価していても、コンサートに人が集まらない。興行が成り立たない。何度も繰り返し聴くうちに良さがわかってくるタイプの音楽は、ワリを食う。良心的な演奏家や指揮者ほど、埋もれがちな才能をなんとか紹介しようと苦心し、一度聞いて聴衆に良さがわかるようにアレンジする。
ここに、さらに産業革命が絡みます。
1850 年前後に本格化するドイツ・オーストリアの工業技術の向上は、特に金管楽器に革新をもたらしました。転調が容易になり、音楽の幅が広がる。これを利用したワグナーなどの音楽も作られました。
強力になった管楽器に合わせて、弦楽器の人数も増やされる。コンサート会場は拡大する。一度の公演で 500 人を集めるよりも、1000 人、2000 人を相手にしたほうが儲かる。電気的なアンプリファイが存在しない時代なので、音量増大は純粋に演奏する人員を増やすことになる。多少の人員増強で収益が倍増すれば、音楽家の地位が経済的にも上昇するではないか……
少人数を前提にバランスをとっていた総譜は、そのままでは上演が難しくなる。音楽が芸術の一員としての地位を高めるにつれ、オーケストラの演奏レベルも上昇した。今ならば、演奏不能と思われたあんなことやこんなことも、できる。作曲家が生きていたら、きっとこうしたかったはず…
端的に言えば、ベートーヴェンを聴きたがる人が増え、一箇所に大量に集めて一気に聴かせるために音楽そのものを多少いじっても、大勢に影響はない、と思われていたのです。
こうした姿勢に批判的な意見は、昔からありました。作曲家の意図を離れすぎるのは問題だ。原典に忠実にやりたまえ。
しかし、そういう批判も、興行的な側面を無視していたわけではありません。作曲家は神ではない。ランドフスカが再生した現代チェンバロはギミック満載で、バロック時代のものとは似ても似つかなかった。スコアを目の前に拡げているようと言われたジョージ・セルも、シューマンやバルトークで原典に手を加えている。
演奏家・指揮者と作曲家の力関係は、基本的に演奏家・指揮者の方が上でした。これはムラヴィンスキーとショスタコーヴィチの関係までつづく現象といってもいいかもしれません。
自作の曲を、大衆の人気になるように演奏してくれたら、売り出し中の作曲家は感謝しこそすれ、恨むことはなかった。話題にすらならなければ、自分は時代の狭間に消えていくのだから。
一度のコンサートで聴衆を魅了できるがどうか。作曲家はむしろ指揮者たちの助言を仰ぎ、それを受けて素直に改良する。大衆文学の世界などの、新人作家と編集者の関係は、今でもこんな感じでしょう?
この関係が根本的に変化するには、3つのファクターがあったと、私は考えています。
ひとつは、クラシック音楽の世界芸術化。もうひとつが、それに伴う作曲家の神格化。とどめに、録音技術の登場です。
つづく