つづき


『ガリヴァー旅行記』に強力にインスパイアされた作品としては、私たちは他に『我輩は猫である (1905)』を知っています。

夏目漱石は、ラフカディオ・ハーンの後任として、帝国大学の英文学史の教授になりました。英文学史が専門ですから、ここまで紹介した作品群については熟知しています。スウィフトをよく知っていたのは当然ですし、エッセイにおいて『ガリヴァー旅行記』を高く評価してもいます。
『我輩は猫である』は、『ガリヴァー旅行記』を漱石なりに消化した作品だと、私は評価しています。当時の日本の文壇では、写実主義をめぐって賛否が分かれていたわけですが、まったくその空気を読まずネコを語り手とした作品を投入した漱石は「余裕派」などと呼ばれたものでした。ネコ目線で世界を眺める。フウイヌム国の yahoo の話を思い出しませんか?

漱石の仕事のかなりの部分は、英米文学の成果を日本にどのように移殖するか、に費やされています。
例えば『こころ (1914)』もそうです。今でも高校生のほとんどが読まされるこの物語の後半が、ありえないくらいの長大な手紙になっていることはご存知でしょう。これは『パメラ』にはじまる書簡体小説 epistolary novels を意識したものです。
書簡体小説とは、wiki の定義では:

An epistolary novel is a novel written as a series of documents. The usual form is letters, although diary entriesnewspaper clippings and other documents are sometimes used. Recently, electronic "documents" such as recordings and radio, blogs, and e-mails have also come into use. 

複数文章をまとめたものとして書かれた小説のこと。一般的な形式は手紙だが、日記や新聞の切り抜き、他の文章が使われることもある。録音物やラジオ、ブログ、E メールといった、電子的な「ドキュメント」もまた使われるようになってきている。

この定義でいけば、日記形式をとっている『ロビンソン・クルーソー』や『ガリヴァー旅行記』も書簡体小説なのです。
英文学の黎明期を彩ったこの手法を、漱石はどうにか日本文学に取り入れようとしてました。その意味において、漱石がリアリティを無視していたのは当然でした。実際にあんな長い手紙を書けたかどうかなどが問題なのではない。あの形式で小説を書くこと自体に意味があったのです。


たしかドナルド・キーンだったと思いますが、なぜ日本人が夏目漱石をあんなに高く評価するかわからない、という趣旨のことを述べていました。
これには日本的な事情が絡み、漱石の業績のかなりの部分は、英米文学の移殖・翻案なのです。したがって、日本文学史の内部においては大きな意味を持ちますが、世界文学の視野に立った場合には、日本を代表する作品、日本でなければ書かれなかっただろう作品をどれだけ世に送り出したかとなると、少々否定的にならざるをえません。キーンにとっては、漱石の作品の中に「日本的かつ見るべきもの」が希薄に思えてくるのは、わかる気がします。
本質的には、『シャーロック・ホームズ』に刺激されて『半七捕物帳』を創り出した岡本綺堂と、やっていることは同じだ、というのが私の考えです。意地悪な言い方をすれば、『半七捕物帳』は日本における探偵推理小説と時代小説のジャンルを一度に創造しているわけで、綺堂の方がスケールが大きかったとも言えます。


つづく