つづき


ベロフの突き刺すような音は『ピアノソナタ Sz. 80』では顕著でした。
この曲は 1926 年、バルトークが最も質が高い仕事をしたと言われる時期の作品です。しかし、冒頭のアレグロから、もう、噛みついてくるように聞こえたものです。左手の「ブンガ、ブンガ」言っているような伴奏に、右手がマシンガンのように、神経質に跳躍音を叩きつける。

バーバリズムと言うと、音楽ではストラヴィンスキーばかり話題になりますが、これはたいへん不当な評価だと思ったものです。しかも、ストラヴィンスキーやシェーンベルクの方が、なんだかんだ言いながら感情コントロールしている印象さえあります。彼らは、まだ、表現できるものを表現している。いや、もっと正確に言いましょう。彼らは、表現したいものを、かなりの精度で表現できていた。わけのわからない凶暴さを、わけがわからないように表現できている。別の見方をすれば、言いたいことと技量の差が、それほどなかったと私は考えていました。

バルトークは、表現不可能な凶暴な何かを必死に音にしようと苦闘し、それでも音にできたのは全体のほんの一部分で、さらにそれに苛立っているような印象があります。
バルトークの技量が稚拙なのではない。彼の技量をはるかに上回る荒ぶる何かが、彼を捉えて離さない。ふたつの大戦の狭間で、崩れゆくヨーロッパの中に生きる芸術家。ナチの作成した反ナチ的な芸術家の名簿に自分の名前が入っていないと、自ら名乗って抗議をいれるピアニストくずれの作曲家。正義は空振りする。音が、痛い。

バルトークの代表作といえば『管弦楽、打楽器とチェレスタのための音楽』や、3番・4番あたりの弦楽四重奏曲があがりますが、私にはこのピアノソナタが彼の音楽でした。
もともとピアニストを志し、コンテストの優勝をバックハウスに持っていかれ、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』を聴いて、作曲家に転向した経緯があります。ピアノは、彼の肉声にもっとも近いところにあった楽器でした。
バルトークの抱えている激しさは、たいへん正当なものなのだけれど、私は少々もてあましてしまう。その価値を認めながらも「敬して遠ざかる」のが、彼の音楽と私との距離感なのだろう、と勝手に解釈していたのです。


ゾルタン・コチシュの演奏は、印象が違います。具体的に言えば、作曲家が脂の乗りきった時期 1926 年の『ピアノソナタ』は丸くなった印象なのに対し、初期の 1917 年に作曲された『ルーマニア民俗舞曲』はより厳しい音楽に仕上がっています。
しかも、コチシュのピアノはたいへん響く。グールドやベロフのような薄い音ではない。ピアノという楽器全体を鳴らしきるかのように、ペダルを踏みこんで掻き鳴らしながら、音は濁らない。
同じアルバムに収められた『15のハンガリー農民の歌 Sz. 71』では、ピアノの残響の中から民族楽器の音が沸き立つかのように聞こえます。特に 15 番。高音で打弦する音が、まるで鐘や鈴がなるように響き、音と音の隙間にアコーディオンやフィドルの共鳴音が鳴っているよう。
プロに今さらこんなことを言っても、逆に失礼だとは重々承知しつつ、それでも「うまいなあ」という言葉がこぼれます。

だからこそ、もう少し言葉を重ねて、どんな風に上手いと感じたのかを説明しなければ、申しわけない気分になってくる。
コチシュの演奏で何に感動したか?

彼の演奏だと、バルトークという人が「普遍」へと向けて、若い頃からひたすら思い詰めるように作曲を続けてきたのだとわかってくるのです。


つづく