つづき


たしかアテネ・オリンピックのことでした。
男子体操団体戦において、日本とアメリカが接戦を繰り広げ、男子日本代表の最後の鉄棒競技で全てが決するところまでいきました。
会場のカメラは、アメリカの応援団のあまりお行儀のよくない様を映していました。まあ、一般レベルはどこの国もたいしてかわらない。夜郎自大。日本代表に向けられたヤジは、若者ならば「 disっている」と表現したでしょう。
ところが、日本人がフィニッシュを決め、団体戦優勝がほぼ確定した瞬間、お世辞にも品が良いとは言えなかったアメリカ応援団の連中が、日本代表に向けてスタンディング・オベーションしました。

あのとき、日本の報道は「ライバル・アメリカでさえ称賛する日本の演技」と言っていました。
けれども、凄かったのは、負かされた相手を正当に評価できたアメリカのフトコロの深さではなかったでしょうか?


自分の欠点を直視するのは難しい。
どれくらい難しいかは、トイレで他人が鏡を覗き込む姿を見るだけでわかります。みんな、普段はしないようなキメ顔で覗き込んでいる。マヌケな自分を直視するのはツライ。無意識のうちに、イケてる顔にしたがる。

自省というのも、度を越すと自分の精神を破壊してしまいます。だから、何でもかんでも悪かったとするのは間違いだし、愚かな考えです。ただ、勝負事において、負けを負けと認められないのは見苦しい。

理由がどうであれ、IT 関連において、私たちは一定の敗北を記しました。状況の読み違い、驕り、敵を侮るといった、戦いにおける基本的なミスをしていなかったか、検証すべきときでしょう。私などが、こんなところでブツブツ言うまでもなく、各業界のふさわしい人が、分析・対処方法を練っていると思います。


今回の文章の主旨は、これです。
分析・対処方法を練っている人に、お願いです。これを視野に入れてください。

どんな商品でも、ユーザーに積極的な利益がなければ、いずれ市場は停滞します。
ユーザーが「他の選択肢がないので、コレを買うしかない」というのは、売り手の理想かもしれませんが、長期的には業界を殺していきます。ユーザーが、リスクを覚悟でも積極的に使ってみたいと思えるような商品を作るように留意すること。モノツクリ大国を自称するならば、この一点は外して欲しくないのです。


「ゾウが踏んでも壊れない◯◯」とか、電気鉛筆削り、CD やウォークマン、みんなそうでした。必要か、と問われれば、そうでもない。でも、その製品が与えてくれるかもしれない未知の可能性にワクワクして、みんなお金を使ったのです。

カメラをスキャナ代りに使い辞書の単語入力に流用する、というのは発明とは言えない。あったものの組み合わせです。けれども中国人の開発者が思いついたことを、技術力も資金もあったはずの日本人が先行できなかった。

これは問題意識の有無のような気がします。もっといろんな人が、もっと便利になる。「使えないお前が悪い」みたいな考え方をしていては、多くのビジネスチャンスを不意にすることになる。
日本の復活のためにも、是非是非、楽しくお金を使わせてもらいたいな、と思うのです。


この項   了