長い針が12、短い針が5 | りつかのブログ

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なんとなく始めてみました。気負って開始したはいいが、あとが続かず……という悲しい過去を背負っているので ( ̄▽ ̄;)

祖母はくも膜下出血で倒れてから、何年か入院していました。



何か所か転院したのですが、一番長く入院していたところは、自宅からバス→電車→病院の送迎バスと乗り継がねばならず、しかも送迎バスは1日に数本しかないので乗り遅れると大変……と、かなり交通が不便でした。




母は定期を買って毎日通い、私の仕事が休みの日は母の代わりに私が見舞っていたのですが……。



私が行くと、祖母はまず、



「あーあんたか、おかあさんは?」


……人の顔を見るなりこのセリフ……。けっこうなごあいさつ(笑)



「おかあさんはね、今日は家にいるよ。私が仕事休みだからね、代わりに来たよ」


私が言うと、祖母は顔をしかめて毒づきます。



「サボリやな。あのひとは怠けとるな。休んでばぁっかりや」



「んー、でもほら、今週は毎日来てたでしょ」



「来とったかな、忘れたわ。あのひとはホンマによう怠ける」



「ほらおばあちゃん、たこ焼き買ってきたよ。食べる?」



「タコいらんわ、ガワだけでええわ。ほんまにあのひとは怠けもんやな。怠けもんになったわ。あんたタコ食べ。ガワ食べるわ。あのひとは何できぃひんのかいな。怠けとんやな」



「明日はまたおかあさん来るよ」


「そんなん言うたかてわからんで、怠けもんやさかいな。明日なんて言うたかて、そんな先のことわからん。怠けるにきまっとる



「そんなに先のことなんかじゃないよ、もう一回寝て、目が覚めたらすぐだよ。ほら、たこ焼きもういいの?  じゃあ少し寝る? お休み」




……まあこんな調子で、私がいる間中「怠けもののあの人」の文句を言っているわけです。さびしくて仕方ないんでしょうね。



家に帰って母に報告します。



「今日も行った瞬間から、あーあんたか、おかあさんは?  とか言われてさぁ、悪かったねぇ私でさ」





この話は母に大いにウケ、母以外の人に話してもけっこう皆さん笑ってくれるので、私の持ちネタとして何回か使わせていただきました。




中には真剣に、「いや、りつかちゃん来てくれてね、おばあちゃんすごく嬉しかったと思うよ。うまく言葉には言えなかったんだろうけどね。だから気にしちゃだめよ」と言ってくださる方もいて……笑い話のつもりで話してるんで大丈夫です気にしてないです、なんかすみません……(´・ω・`)あせる





なにしろ普段口ベタで、人を笑わせる話ができないもので、ちょっとウケると調子に乗って話しちゃうんですよねガーン



話の都合上、ちょっとふてくされた感じでしゃべったほうがいいかなー…と思って演出(?)していますが、本当はそういうふうに言われても全然イヤじゃないんです。むしろ、………そうだよな……、という感じ。


そうだよな、おかあさんを待ってるんだよね、……という感じ。






……子供の頃、私はいつも母を待っていました。母が仕事から帰ってくるのを。友だちといる時でも。祖母といる時でも。




「おかあさん、いつ帰ってくる?」




たずねると、祖母は時計を見ながら教えてくれました。



「長い針が12のとこでな、短い針が5のとこにきたら、おかあさん帰ってくるで」




ながいはりが12、みじかいはりが5。




呪文のように唱えながら、私は何度も時計を見上げました。本を読んでくれている、おばあちゃんの膝の上で。




おかあさんは?  おかあさんは?



いつもきいてくる孫のことを、祖母はどう思ったのでしょう。祖母は何も言わなかったし、私の想像でしかないけれど、


きっと、
そうだよな、おかあさん待ってるんだよね、



と思っていたのかなぁ…と。






………


「とどめおきて誰をあはれと思ひけり   子はまさるらむ   子はまさりけり」




和泉式部の和歌です。娘の小式部内侍が、二十代半ばで、幼い子供を残して亡くなった時に詠んだとされる歌。



亡くなる時、娘は誰のことを一番気にかけていたんでしょうね。それは子供のことでしょう、母親の私のことではなく。それはそうよね、だって私自身も、母を亡くした時よりも娘を亡くした今のほうがつらいんだもの、、




親子の間の結びつきは特別なもので、それは他の誰も入り込むことはできないですよね。


でもそれはもちろん、親子のあいだだけのことではなくて、祖母と孫のあいだにも、二人だけにしかわかりえない繋がりがあります。


夫婦にも。
兄弟にも。
恋人にも。
友達にも。



みんなそれぞれの、その人たちだけの特別な絆を持っています。




和泉式部の歌は、若くして幼い子供を残して死ななければならなかった娘の気持ちを思いやっていて、


そしてそれだけでなく、和泉式部自身とその母、祖母との繋がりまで感じさせる。たったの31文字で。素晴らしい歌だと思います。







子供の私は、いつも母を待っていた。母でなくちゃ駄目だった。その気持ちを、祖母は誰より理解してくれていました。


おかあさんもね、きっとあんたとずっと一緒にいたいと思っとるよ、だけどそういうわけにはいかへんのや。もうちょっと我慢しぃや。すぐ帰ってくるからなぁ。長い針が12、短い針が5のとこにきたらな、帰ってくるで。






30年後、

あーあんたか、おかあさんは?

祖母にきかれた私にも、祖母の気持ちはよくわかりました。



おかあさん、明日くるよ。


もう一回眠って、目が覚めたらすぐだよ。
だからお休み。