今回は前回の続きをお伝えします。



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廃線跡は上田城の脇を通る。(真田方面を望む)



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線路脇には架線柱の土台が残る。



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跨線橋をくぐる。



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電線を取り付ける碍子が残っている。



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公園前駅入り口の案内板。ここに鉄道が走っていたことを伝えている。



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公園前駅が保存されている。



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ここにも架線柱の土台が残っている。



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掘割の中を進む



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上田城址の先は駐車場となっている。



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駐車場の脇に線路が置いてある。



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道路の先も駐車場となっている。



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信越線(しなの鉄道)との合流地点。高架線は長野新幹線だ。

上田交通はちょうど新幹線のところを通っていたようだ。



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上田駅。ここが始発駅だった。



いったん本原駅付近まで戻って今度は傍陽線を探索する。



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本原駅付近。右にカーブしていく道路が真田方面。

傍陽方面はこのへんから左に進んでいったようだ。



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畑の中に線路の幅だけ盛り上がっているところがある。



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畑の先道路になっている。

探索当日は35度を超える猛暑の日であったため、この先で脱水症状が出て自転車を漕げなくなってしまい、いったん撤収した。



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車に戻り傍陽駅跡に寄ってみた。駅跡は一部民家に売却されており完全にわからなくなるのも時間の問題である。



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駅の入り口付近だったところにいい雰囲気のたばこ屋さんがある。もう営業していないのかな?


以上で上田交通のレポート終了します。 では、また。