続いて演奏されたのは「September」。オリジナルは竹内まりやさんですが、今回はEPOさんの歌唱による披露です。EPOさんは声質や歌い方が竹内まりやさんに近しいものがあるので、ピッタリの人選だったと思います。
そしてEPOさんと言えば、個人的にはやはり「Down Town」(シュガーベイブ)のカバーの印象が強烈です。EPOさんの歌声を生で聴いて、80年代の土曜の夜にタイムスリップした様な錯覚を覚えました。歌声の持つ力は凄いなと、改めて感じました。
そして続くのは…、
「さらばシベリア鉄道」。
勿論、太田裕美さんの歌唱によるものです。
この曲は“ロンバケ・セクション”で演奏されなかったので、今回は演奏されないと思っていたところでの、まさかのこの曲の登場です。他の観客も同じ事を感じていたのか、SEに続いてスクリーンに「さらばシベリア鉄道」という文字が浮かび上がった瞬間、会場からはどよめきが起こりました。そしてそこあった8月の暑さは消え去り、会場の空気は涙さえも凍りつく白い氷原のものへと変わったのでした。
大瀧詠一さんご本人のバージョンに先駆けて発売された、太田裕美さんのこの曲。それぞれ歌い回しが違う事が印象的です。
大瀧さんご本人の言葉をお借りすれば、太田さん版は“日本語通りに歌っている”。対して大瀧さんご自身のバージョンは“大滝式譜割り”。
ざっくりと言ってしまえば、言葉の切れ目や繋ぎといった点で自然なのは、太田裕美さんのバージョンです。
再び大瀧さんご本人の言葉をお借りします。
“特にサビの歌い回しで、裕美バージョンは、いつかは心が伝わる様な明るい感じが、逆に大滝バージョンはシベリアの空に消えてしまって伝わらない感じを表しているように思うのですが、いかがでしょうか?”(EIICHI OHTAKI Song Book Ⅰ 解説より引用)
「ロンバケ」の最後を飾るこの曲ですが、その「ロンバケ」に先駆けて太田裕美さんバージョンが世に出ていた事は興味深い事実です。大瀧さんが女性視点を含むこの歌詞を歌う事に抵抗を感じた為、まずは太田さんに歌って貰う事を思い付いたそうです。
しかしもしこの経緯がなく、大瀧さんご本人のバージョンが先行シングルとして発売されていたら、「ロンバケ」に持たれる“夏のアルバムだという誤解”は少しは和らいでいたのではないかと思います。
それにもし大瀧さんバージョンがロンバケに先駆けてヒットしていたりしたら、大瀧さんのイメージが「マイナー調の曲を歌っている人」というイメージになり、ロンバケの売れ方も違ったものになっていたのかも知れないな…、とも思います。歴史のアヤみたいなものを感じますね。
いずれにせよ太田裕美さんのバージョンの存在で、男女の対話形式であるこの曲の歌詞がより一層深みを増した事は紛れも無い事実です。
そして国際フォーラムに響いた太田裕美さんの空高く舞い上がる透き通った歌声は、不意に北の空を追って消えてしまった12月の旅人へ、それぞれの想いを伝えてくれたと思います。
⑩に続く。