「君は天然色~大瀧詠一、福生から風街へ~」
風街レジェンド。
場内のスクリーンには、波の音と共に南国の海辺の風景が代わる代わる映し出されています。
画面が切り替わり浮かび上がったのは、生前の大瀧詠一さんが松本隆さんに寄せたメッセージ。
更に画面が切り替わり、映し出されたのは…、
「A LONG VACATION」
のジャケット。
この瞬間に私は涙が止まらなくなってしまいました。物心つく前からいつも家で流れていたのがこのアルバムで、聴くたびにあの頃に住んでいた街の風景や、80年代初期のあのキラキラした空気感が鮮やかに蘇ります。
あの頃の記憶が眩しい程に輝いているのは、自分がまだ分別の付かない子供だったからでしょうか。いえ、決してそれだけではない気がします。
私が生まれて初めて親しんだ音楽が、この「ロンバケ」です。そのアルバムからの曲が、実際に制作に関わったミュージシャンが多数いるこの空間で、今から目の前で演奏されようとしている。
あれから、住んでいる街も時代も変わりました。しかし音楽は風に乗り、いとも簡単に時空を超えるのです。
そして聴こえてきたのは、オーケストラの調律の音色。
「君は天然色」、そして「A LONG VACATION」の始まりを告げる美しい調べです。
70年代後半、自信作が売れずに失意のどん底にいた大瀧詠一さんの再出発作の始まりが調律の音色である事は、示唆に富んでいてとても大瀧さんらしいと思います。新たなスタートや仕切り直しを暗示するかの様なこの調律の音色は、「ロンバケ」を構成する重要な“音楽”なのです。
「君は天然色」そして「ロンバケ」と切っても切れない関係にあるこの部分を、しっかりと再現してくれた“風街バンド”に感謝です。この瞬間、福生から再び風街へ颯爽と現れた、大瀧詠一さんの姿が見えた様な気がします。
高らかに鳴り響くカウントの音から、鮮やかに弾け出してくるイントロ。大瀧さんも完成した時に「これだ!」と感動したというこのイントロは、ポップスという音楽の魅力が詰まっていると思います。これから始まる何かへの期待感と、やがて訪れるであろう切なさへの予感に満ちています。
そして今回ボーカルを務めるのは、伊藤銀次さんと杉真理さん。変則的なナイアガラ・トライアングルです。3つ用意されたマイク・スタンドの1つが空いていたのですが、これは大瀧さん用のマイクでしょう。
“くちびるつんと尖らせて
何かたくらむ表情は
別れの気配を
ポケットに匿していたから”
私は長年、この曲は失恋の歌だと思っていました。しかし最近になり「ロンバケ」の背景には松本隆さんの妹さんの夭逝がある事を知り、そこに込められたであろう想いを知るに至りました。
「ロンバケ」には“死”を暗示する単語やセンテンスが、至る所に出てきます。
しかしそれは決して恐ろしいものではなく、“風もうごかない”安らぎの世界として描かれています。そう考えるとジャケットは極楽浄土であり、ロング・バケイションというのは死後の世界そのものである様に思えてきます。
そして生者の想いは、12月の旅人へと託される…。
“渚を滑るディンギーで
手を振る君の小指から
流れ出す虹の幻で
空を染めてくれ”
私が自ら意識して音楽を聴くようになった小学生の頃、この一節を改めて聴いて「何て綺麗なイメージなんだろう…」と感動に震えた部分です。そして、今だにこの一節を超える歌詞は無いとさえ思っています。
しかしこの曲の背景にある事を考えると、渚は三途の川を暗示するものであり、大切な誰かが船に乗り向こうの世界へ旅立ってしまう、そんな風に解釈できます。
そしてモノクロームになってしまったこの世界を、虹の幻で天然色に染めてくれ、とそんな切実な気持ちが痛い程伝わってきます。
“想い出は モノクローム
色を点けてくれ
もう一度 そばに来て
はなやいで
うるわしの Color Girl”
過ぎ去った過去、もう二度と戻らない過去は白黒の世界だけれども、心の中に今も生きるあなたは眩いばかりの天然色です
たとえ題材となった事は悲しい出来事でも、決して悲しいだけでは終わらない。どんなに悲しくても、そこから前を向いて進まなければいけないんだ。
松本隆さんの詞からは、いつもそんな力強いメッセージを感じます。
そして松本さんから歌詞の提供を受けた人がよく口にする「これが詞というものなのか!」という気持ちは、風街の深淵部まで旅をした全ての人々に共通する想いでしょう。
風街レジェンドで「君は天然色」が演奏された時、
“今 夢まくらに君と会う
トキメキを願う”
という部分で、「三連は難しいですネ」と呟く大瀧さんの声が心の中に聞こえてきました。
それとも、開いた雑誌を顔に乗せ、一人うとうと眠っているのでしょうか…。
僕もいつか福生行きの切符をお守りに、あなたに逢いに行く日が来ると思います。
もしそれが叶ったら、その時は少しでも大瀧さんのお話について行ける様、その楽しみを四倍にするべく、こちらの世界で精進を重ねます。
④に続く。