今も仕事しています。
GW明けはしょっぱなから『芳しくない』ミーティング召集がかかってます・・・
表面的に見たら、トラブルというか失敗。
その失敗の責任を糾弾されるんだと思うけれど、実は根が深い・・・
単なる失敗じゃない、問題がいくつかあるんだけど、それを話をしてゆくのも
余裕が必要だったりするので、なかなかできないのだ。
最初からおかしなところがたくさんあった。
それを、つついていっても、誰も答えがなかった。
言ってみれば、だれもオーナーシップがない案件だった。
そのまんま、時は過ぎ・・・ 問題は起こった。
そこで、責任がだれにあったのか分からないことが沢山あり
それらを、ひとまとめに、管理不行き届きだと、非難された。
たまたま人が辞めていたりして、私が一番、その責任に近いと思われる立ち位置にいるからなんだけど。
正直、それを管理することが自分の業務範疇だという認識もなかったし
案件の実施についても、今は辞めてしまった同僚が実施していたことだったりする。
でも、そんなことは、もはや誰にも理解されていない。
理不尽だけど、もう、かけちがってしまったものを、ほぐすことも難しいのは分かる。
それに労力をかけている場合でないこともわかる。
それに、何よりその時間を、自分で説得したり、労力を使わないと、人々にこびついた
パーセプションは変わらないのです。 それが、とにかく、面倒に思えてきます。
もういっそ、「単なる私の失敗」としてかぶってしまおうか・・・と
今日一日中考えていました。
家族にも、やんわりと、聞いてみました。
もし言われもない理不尽な責任を取らされてクビだ!と言われそうになったら
言われる前に、机ひっくり返してもいい?※
※前に、もう机をひっくり返す年齢じゃないから辞めろとアドバイスを頂いたけれども・・・(汗
(これについては、記事かいたからあとでリンク探して貼ろうw)
家族は、いいよ、と言ってくれました。
今回、そんな濡れ衣にも関わらず、恩着せられて、会社に残っても、どうせ同じことが
繰り返されるし、そんな風な奴らと闘い苦痛な中でまで、続けたい仕事じゃないでしょう?
そうそう。その通り。
仕事がきついとか、えぐいとかいう以前に、信用ならない人たちと働くということの苦痛。
そんなことを抱えながら仕事をしたって、いいパフォーマンスどころの話題じゃなく
本当に、心折れずに働けるのか・・・?という低次元の話だ。
だったら、そんなところで、なぜ働く意味がある?
私は、仕事が人生のすべてとは思っていない。たとえ、時間は、人生のすべてが仕事になっててもねw
たかが仕事である。
そのたかが仕事の中で、人格が疑われるようなことに耐えてまでその仕事をすべきなのか
というところで、かなり疑問が残っています。
たぶん、明日、退職届出しちゃうかもしれないな・・・。
一応、契約では、3か月前に申し出るということになっている。
法定では、2週間、慣習では、1か月前に、ノーティスをするのが一般的だと思うけれど
私のポジションには、3か月という足かせがかけられており、また、それにサインをしないと
ならなかったので、まずは、それを守らないと、円満に退職はできないであろう。
明日、5月7日にいったとしても、8月6日まで、辞めることはできないのだな。
有休はとれるんだろうか(笑)?
すーーーはーーーー。
よく深呼吸して、おちついていかなくっちゃだわ!