最近、自分の生い立ちを振り返っている。
成人して15年経つので
もう割と客観的に
過去の自分を見ることもできる。

心理学や認知発達も勉強してきたので
自分の思考の癖や
「どうしてこうなった?」も
自分で納得のいく説明が出来る。

私の幼少期の環境は
命に関わるような
悲惨なものではなかったにしろ、
精神的にはかなり負担のかかった生い立ち。
子どもとして、
「大人との信頼できる繋がり」を持てず、
姉妹とも結局信頼関係は結べずじまいで
それぞれ大人になった。

姉妹三人のうち皆が
心に大きな傷をもったまま大人になり、
その内の一人は社会適応に難しさが残っている。

家族内の肉体的な虐待は傷を見て確認できる。
証拠もある。他人が介入しやすい。
しかし、精神的な虐待や傷は目に見えず、
幼少期だと極度なポジティブバイアスが手伝って
他人が介入するタイミングを見失う。
そういう子たちは心がパンクして
行動や言動から「前向きさ」が消える。
心の傷はいつしか自分を蔑み、
社会に対する不信感を募らせることになり
さまざまな症状を出す。
引きこもり、不登校、摂食障害、鬱
自殺、暴力、暴言、殺傷行為、などなど。


精神的虐待は、目に見ない上に
虐待を受けた全員が
社会適応ができない大人に育つ訳ではないので、
外部の介入が難しい。
しかも暴言を履く人は大抵、
心の傷を負ったまま大人になった人達でもある。
その人たちに「止めろ!」と言う前に
その人たちをまず救って
あげなければいけないのだと思う。


心配な症状を子どもに見つけたら、
私はお節介なおばちゃんとなり
介入する事にしている。
私が「変な人」と思われても
子どもたちが少しでも健全な精神を持って
大人になれる方が
はるかに大切に思えるから。

それに心の深い傷を負ったまま
大人になる危険性を
身をもって知っているから。

そして、心の傷を持ったまま大人になって
子どもをに自分の傷をぶつけるように
接してしまう大人たちにも
なるべく寄り添おうとしている。

結局、大人も子どもも
自分を好きでいられる(自己肯定感)ことを
大切のしなければ、
本当の満たされた感情はやって来ない。

それはお金で買えるものではない。

「心底満たされた気持ち」こそが
「本当の幸せ」と呼べるのだと思う。


本当の幸せを追求していこう。