野ばら | a tiniest hope

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ちっぽけな希望の話

 
 
 

空よりも畦道ひかり三月来

 
                     小原啄葉『而今』 
 
 
 
 
こんばんは
 
お天気荒れてますね
 
ごうごうとうなる風
吹きつける雨粒
舞い散る梅の花びら
果てのない暗闇
 
3月になった途端に春の嵐なんて
 
季節もお天気も気まぐれでせっかち
 
だけど戸惑ったりうんざりする間もなく
3月は足早に去ってゆくから
 
どうかこのひと月は
わたしの心臓が
知らぬ間に運ばれていることがないように
 
意識をしっかり鼓動に乗せる
 
わたしが潜りたいのは
地下深くにある未来ではなく
現在の自分と地続きの“今”です
 
 
 
 
 
 
今日はひとり車を走らせて
時折訪れるお寺さんにお邪魔してきました
 
いつもながら
ひっそりとしたお寺さんで
今日も参拝者はわたし一人でした
 
前回来たのはいつだったか
離婚したときかな
だとしたら
かなりしばらくぶりです
 
今日思ったのだけど
わたしがこのお寺さんに来るタイミングは
何かをリセットする前とか
何かをリセットした後みたいです
 
何かを決意したり
新しい一歩を踏み出したとき
わたしはここの仏さまにご挨拶する
 
このお寺さんの仏さまは文殊菩薩様なんだけれども
わたしにとっては文殊様を含めて
なにかとても大きくて身近な存在が
いつもそこにいてくれてる感覚
 
過食嘔吐と一時的にサヨナラしたわたしは
これまでとは全く別の世界で今
新しい栄養を取り込んでいる
 
今日は“ありがとう”と伝えたかった
 
わたし一人の力では
ここまで生き延びられなかったし
きっとこれからも一人では生きてゆかれない
 
その弱さを
赦してくれるのは
わたしをとりまく世界と
つながるすべてのひとたちと
そして、わたし自身です
 
そっと
 
何も願わない手を合わせる
 
 
 
 
 
 
わたしは女で
それは変えようもない事実です
 
わたしを見るたくさんの目が何かの意味を持っていることも
わかっているつもりです
 
だからこそ大切にしていることがある
 
「メイクより清潔感
ネイルより爪の長さ
ファッションより姿勢の良さ」
 
それと
「体型より笑顔」
 
美しさはただの価値観だと知ると
絶えず変化し続ける体重も
移り変わる流行も
絶対的なものではないのだとわかります
 
空よりもあぜ道が輝く季節だってあるのだから
長い人生の中で
カタチよりも心がにじみ出る時代があったっていいと思います
 
 
 
 
 
 
わこ