世界逆位置 -この“不完全”な世界を味わいつくす-
今日は世界逆位置についてつれづれなるままに~わぁ、世界が出ましたね 世界は一番最後のカードで、言うなれば、ゴールとか最終地点でしょうか。すべてがあるべき最終形態に至り、すべてが調和した完全な世界を表すとされます。ただ、今日は逆位置なので、不完全とか未完成という意味合いが出てきそうです。不完全・・・で、ふと、同門のcloudatlasさんのこちらの記事↓の『神の数式をつなぐ物理学者たち③ 陽振寧と南部洋一郎』ここしばらく、2013年にNHKスペシャルで放送された「神の数式〜この世はなにでできているのか」に登場した、知を連携していく「天才」物理学者たちの宿命に、どう…ameblo.jpこの部分↓を思い出しました。 鉛筆を、芯を下にして立てようとしても、どうしても倒れてしまう。 理論上(神の世界)では倒れません。 しかし、現実では決して立てられず、必ず倒れてしまいます。 「完璧な美しさは倒れる鉛筆にある」 その結果、この世界に重さが生まれてくる鉛筆って確かに、理論上は必ず倒れない一点というのがあり、理論上は芯を下にして立てられるのだろうけど、現実はそうはいかない。すごくわかりやすい具体例で、鉛筆に限らず、きっと様々な物事がそうなのだろうなーと思ったのです。そして、私たちが生きているのは、完全な理論通りにはいかない、この不完全さがある世界なのだと。不完全というと何か足りないような欠けているような感じがしますが、そうではなく、この不完全な世界は不完全であることに意味や意義があり、そして、私たちは、完全な世界じゃ知りえない体験できないことを、この不完全な世界で知り体験すべく生きているのかなーなんて思ったりもします。ものっすごく極端なこというと、例えば、何の障害もない、一匹も敵が出てこないスーパーマリオブラザーズをしても、全然意味がないというか、全然楽しくないように、完全な世界は完全だけど完全ゆえにどこまでも平行線でそれ以下もないけどそれ以上もない、真っ白で無な世界という感じがします。だからといって、この現実世界で起こる、四苦八苦をすべて受容できる器とか精神なんて到底持っていないのですけどね…(^^;算命学で例えるなら、干と支のズレによって生じる天中殺のない、完全な循環とかかな?なんか身の丈に合わない、大それた内容になっちゃったのですが、せっかくこの“不完全”な世界に生きているのだから、それを存分に味わいつくさないと、と思う次第です