私の「名前」 | 記憶

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木村貴子さんのこの記事↓を見て
思ったこと。



*あなたは自分の「名前」が好きですか? |未来への不安を希望に変える心理セラピー@横浜・東京
http://s.ameblo.jp/takako-kimura/entry-12142414270.html





私は兄姉と年の離れた
四人目の末っ子。



私の名前は



長兄と姉の文字を使い
姉と似たような響きの名前。


太郎と次郎、的な。

↑ちなみに長兄と次兄も
似たような響き。



私の時は、その当時
巷で流行っていた方の名前を
参考につけたそうな。




次兄が

「自分の名前の漢字がない」と
たいそういじけたらしく

3人兄姉の一文字ずつをくっつけて
新しい候補を編み出したという逸話。

↑激しすぎたため却下されたらしい。





名字も名前も割と珍しかったり

名前は当時としての「今どき」でもなく




名前の由来からも

兄や姉の寄せ集めみたいで

私個人への思い入れみたいなものが
あまり感じられなかったし



ずっとあまり好きでなかったなぁ。




ーーー



その後、結婚したら名字が変わった。



割とよくある名字だけど
少し字面がきれいになって
嬉しかったんだけど




興味本意で調べたら

姓名判断がとにかく悲惨で(笑)



「晩年は凶」


と、どれを見ても書いてあったっけ。







そして


義理親と仲良くできなかったことや

夫がリスペクトしてる
義実家への抵抗感や

夫がなにかにつけて

「○○家」(夫の名字)

と言うもんだから



今の名字も嫌いになった。




仕事では名字で
○○さん、って言われるけど



まぁ自分の名前だから返事はしますけど


なんにも思い入れがなく

それどころか「自分の名前だ」って
気持ちが反応しないようになってきて

違和感がずっとある。


名字だけでも変えられたら、と
何度か思った。




ーーー



セミナーとか行くとさ
名札を書くよね。


「呼ばれたい名前で書いてね」とか

「こどもの頃とかによく
呼ばれていた名前もいいかも」とか


言われたりするもんだから

いつも悩んでしまう。



結局は、本名を書くときと
ブログネームを使うときがある。




このブログを始めてから


このブログで
自分をさらけ出しまくってるもんで

「rita」のブログネームが

本当の自分の気がして

いつしか

安心する呼び名になり
愛着がわいていた。




「ritaちゃん」といわれると
それだけでなんだか

私を知ってくれている人のような
気がして。




そうなるにつれて
本当の名前の方はなんとなく置き去りで


普段も子どもたちと話すことが
多いから、自分のことを

「お母さんは…」

とか言うことが多いし

余計に本当の名前は置き去り…




ーーー



夫には結婚の時

私のことは、ずっと名前で呼んで欲しい
と言ってあった。



子どもができたとき
「お母さん」とか「ママ」とか
夫に言われたくないなぁって。


今も名前で言われるけど
話しかけられる頻度は
本当に少なくなった。


呼ばれるとなんとなく違和感…



ーーー


ちなみに、夫のことは

義実家が呼ぶ呼び名で呼んでほしいと
付き合い始めに言われたので

ずっとそう呼んでいた。



当初、彼がそう言ったのは

彼なりに、私を

「『家族の一員』と同レベルで
親しくしていくつもり」

という愛情の現れだったんだろうと思う。



でもなんかだんだんと
呼びたくなくなってきて


きっと夫婦関係が
悪くなっていたからだと思う。



あとは

義実家と同じ扱いみたいだからとか
義実家を思い出してしまうからかも…



でもなんて呼びたいかと言われたら
わからないなぁ…





貴子さんはこう言ってる。


ーーー

(一部引用)


もしも今、自分の名前に違和感を感じているなら
親にありのままの自分を受け入れてもらえていなかったのかもしれません。


そうだとしたら、あなたはあなたの名前を


愛を込めて呼んであげてください。


誰がどんな想いを込めたとしても
自分自身は自分自身のことを

「愛おしい」というエネルギーを込めて
大切に呼んであげてください。



ーーー


愛を込めて

愛おしいエネルギーで

か…








しかし息子…

下がっていたのに
また熱なんですけど?


なーぜー(ToT)