愛の翻訳 続編 ~質疑応答~ | 記憶

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記憶、覚え書き、つれづれなるままに。




愛の翻訳してくれたあっきょん
わからなかったとこを質問してみたら
答えて下さった♪




そのやりとりが以下。


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質問


『「お母さん」を大事に思う気持ちから
自分を「孤独」にしようと頑張っているのね』

ってとこなんですけど…


本当によく

ひとりぽっちにしないで、といいながら
ひとりぽっちがこんなにこわいのに、
自らひとりになってた経緯があります 。



私が孤独になることと、
母親の気持ちを大事にすることが
リンクしないのですが、

『お揃いだよ』って

「一緒だからお母さんも孤独じゃないでしょ?」ってことなの?


rita


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答え


はーい☆

うん☆私もそんな感じだと思う♪

もいっこ突っ込むと

「お母さんを幸せにしたいから(^^)」

だと思うな♪

お母さんと共通の体験を手に入れて

お母さんと仲間になってあげたいんだと思うの(^^)

そしたら、お母さんを救える(^^)


だから、自分が同じ位に孤独になったら

それが唯一の、お母さんが心を開いてくれて気持ちが繋がる方法だと思い込んじゃったんじゃないかなぁ?

だから、お母さんと気持ちが繋がるまで孤独に身を浸し続けようとしちゃうんじゃないかな?

(修行が足りん!って滝に打たれ続けるイメージね)


不幸と孤独ばかり見るお母さんの視界に入るため(私はここにいるよを伝える為)の、「不幸と孤独修行」なんだけど、



でも、そもそもお母さんが不幸で孤独じゃ無かったら


お母さんが演技派女優だったとしたら


不幸で孤独そうに見せるのが上手い女優さんなだけだったら


ritaさんはお母さんの迫真の演技に魅せられただけだったとしたら


もう、二時間ドラマを見終わってもいいのかも(^^)

もう、現実の世界に戻ってきてもいいのかも(^^)

お母さんは自分で書いたシナリオ通り演技してただけで、本当は不幸でも孤独でも無いのかも(^^)

本当は○せな人だったりして♪

なんてね♪♪ヽ(´▽`)/


愛の翻訳家♡あっきょん♪



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今はすっかり青春を取り戻したみたいに
あちこち好きなことしてる母。



この前のナイナイアンサーじゃないけど

もしも

「私のことを好きだったか?」と尋ねたら

「当たり前だ。子どもたちがいて幸せだった」

と確実に答えるだろう。





彼女自身が、私を置いてでたことを

「育児半ばにして申し訳ないことをした」

と、ずっと思っているから。

私にもそう何度も話している。





「あのときのお母さんを救いたい」

まだそんなこと思ってんだなぁ。





今のお母さんは確実に幸せそうなんだけど


『あのときのお母さんは幸せじゃなかった。
   不幸せな決断をせざるを得なかった
   不幸せな人』だったから…


『あのときのお母さん』を
『幸せだった』『孤独じゃなかった』
   
   ⇒演技派女優だったんだ



にしないといけないのかな…?




ん?なんで迫真の演技するの?

勝手にそう見えただけってこと?

ん~、わからん…(-_-;)




頭が働かない…

今日はここまで。