Bonjour !

世界最貧国の一つ、西アフリカのニジェールに滞在中の・・・
usagiです。

我が家で飼っているうさちゃんです。
4月の中旬に、2,000cfaで買いました。
赤ちゃんうさぎだったけど、アフリカ生まれだから、マンゴが大好き、
今は、すくすく育っています。
ニジェールのマンゴは、本当に美味しい!
宮崎産だと高嶺の花だけど、ここだと、満喫できます。


      $Usagiとパリ


では、また!
Bonjour!



usagiです。


隣国のブルキナファソに来ています。
ニジェール着任後、16日目の早朝、空港へ向かい、首都ワガドゥグに1週間ほど滞在します。
この出張前に、家も決まり、住居契約、家賃のお支払い、引っ越しも終了。銀行口座、滞在手続、車の運転免許書き変え、名義変更、その他、もろもろ、生活の基盤を終わらせて、出てこれました。
仕事も休まず、順調に生活基盤を整えられたので、一安心です。
ただ、あまりにうまくいったので、こんなに人生甘くない。
この後、何か起こるような気がするな、、、と思ったりしてた位です。

車については、セキュリティ-の問題もあるので、運転手さんを雇いました。
火曜から、試用期間の2週間の契約です。
ですが、何と、4日間で、金曜日の夕方、職場から家に送り届けてもらった後に、解雇、とさせてもらいました。
彼の重大な過失であったら、途中契約も可能になります。
この一件のおかげで、この国に来て、まだ2週間しか立っていないのに、もう1年もいたような気分です。

車の名義変更の手続きに行ってくるというので、請求額を渡したのですが、後になって、それが、正規の支払い額の、10倍の額だったということがわかったのですーーー。

私にとっても高額だなと思いつつ、色々な手続きを出張前に一通り終わらせたいしで、何か聞き間違いをして、私が10倍の額をあやまって渡したのであれば、レッスン料として考えるか、と思っていたのです。

どこか腑に落ちないので、現地スタッフに尋ねました。
すると、彼女は、本人に会って確かめさせてくれ、と言いました。
その結果、本人が、故意に不当な請求して、10倍の額の現金を受け取ったと、認めたそうです。

彼女のアドバイスは、とにかく、すぐやめてもらうこと、同じニジェール人として恥ずかしい、こんなことはありえない、これまで、日本人と働いた実績もあるし、信用していたのに・・・と、かなりショックの様子でした。ニジェール人は、そういうことをしないのが誇りだったのに、、、と言います。もし、間違った額をもらったら、すぐに、返すのが筋だ、あなたには、悪いことは何もない、それに、日本に大切な家族や友達を残して、遠いニジェールまで来てくれているじゃない!!と、半分泣きそうになって、私をかばってくれます。
彼女の推薦もあって、この運転手を雇ったからです。

レターで、彼に文書で、説明を求めました。
説明が手書きで戻ってきました。
本人は、非を認めました。
ほんの2行の手書きの文章です。
字を書き馴れてないな、と、すぐわかりました。

そして、現金も戻してくれました。

それを受けて、途中解雇のレターを渡しました。
レターを渡すのは、金曜日の夕方、職場から、自宅まで送り届けてもらい、キーを返してもらい、
車から降りてからにしました。(車内だったら、そんな話するのリスクありありですし)

解雇レターを渡すと、
「僕は、字を読めない」と言いました。
私は、思わず、涙ぐみそうになりました。

この最貧国で、教育分野で貢献したくて、ニジェールに来ている私にとっては、酷な一言でした。
彼が字を読めないなんて、全く予想していなかったからす。
就学率は向上しているものの、まだ、たくさんの人が、小学校に行きません。

でも、読めないなら、私が説明する、と言って、レターの内容を説明しました。
被雇用者が『重大な過失』により、契約期間終了前に、契約を解除することができる、という記載してあり、それを読みました。


2003年まで5年間、リビアに出稼ぎに行っていたと、自慢していたこの運転手、今度、写真を見せてくれるはずだったのにな・・。行きは友人と二人で、トラックで向い、仕事を終えて帰りは、飛行機のチケットを買って、ニジェールに戻ってきたんだそうです。


4日分のお手当の計算書を見せました。
彼は、字が読めないし、どうでもいいと言って、あまり見ませんでしたが、大切なことだから、説明しました。そして、少し、計算よりも、大目に現金を入れた封筒を渡しました。

すると、「メルシー、ボク―」とお礼の言葉が戻ってきました。
このニジェール人のなまりあるアクセントが、頭にしっかり、残りました。
メルシー、ボク―、という響きは、普段なら、とても、歯切れ良く響くものです。
特に、この日、ニジェールで聞いた、メルシー、ボク―、という響きは、どこか、寂しげな響きでした。

最後、握手をしてお別れしました。
私も「メルシー」と、4日間のお礼を言いました。
その時、私の覚えたパリのフランス語は、何だか、この国では、似合わないような気がしました。


では、また!

Bonjour!



usagiです。



今日は、2月4日。
25日に日本を出発して以来、変化に富んだ毎日です。
お陰様で、時差や疲れから回復して、元気に暮らしています。ドキドキ

この国の人々と、ずいぶん昔から知り合いのような、何か不思議な錯覚。
どうしてかわかりません。
世界でも最貧国の一つのニジェールで、貧困の運命を共にして暮らす人々同志、
あまり深刻に自国の将来を考えず、楽観的なのは、動物的な本能なのではないでしょうか?
まさに、生き残る術として、あまり、くよくよせず、あまり、分析しすぎず、力を抜かないと
この過酷な環境な国ではやっていけないのかもしれません。(>_<)

アフリカ内陸国で、発展には地理的条件に厳しい環境だし、降雨量も少ないので、米も育ちにくい。
国の80%が農牧業に従事していて、雨量などに左右されやすい非常に不安定な収入源に頼っています。

$Usagiとパリこれは、隣国ブルキナファソの枕。お嫁入りの時に、お父さんが娘に贈る椅子だよ、とお店の人。枕と言っても、横に寝て、片方の耳をのせて休むときにつかうんだそうです。耳


3月位から4,5月にかけて、極暑の季節メラメラ、どう乗り切れるか、が、私の課題です。
私のような一日本人にとったら、一生のうちの、ほんの僅かの経験です。
この国の人々にとったら、地理的条件を変えることもできず、毎年毎年、ものすごい暑さとの
戦いです。あくせくしていたら、生き残れませんよね。
ニジェールの水道普及率は、20数パーセントほどで、これは、日本で、1950年の数値に値します。
水源は、主に、川や、井戸水。
水汲みは、女の子や女性の仕事です。シラー
だから、小学校の就学率の内訳で、女の子の方が低いのは、そういった家事労働が強いられるから。

Usagiとパリ
これは、コートジボワールの椅子。一脚欲しいな・・・


貧困とはなんなのか??
富みとはなんなのか??
手の施しようのない国に来てしまったのではないだろうか??

な~んていうことを考えていたら、目についたのが、滞在先のホテルの庭にある3件のお土産屋さん。

木工品や、装飾品などが陳列されていました。
見るだけなら、無料だよーーー!
と癒しの笑顔で迎えてくれました。

コートジボワールや、ブルキナファソからの輸入品です。
ニジェールには、あまり木がないのでしょう。


$Usagiとパリ


赴任したばかりだけど、思い出に、買っておきたいもの、発見!!目



では、また!!