心にも杖が必要なときがあるよね、、、 | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

足を悪くしたり、腰を悪くしたりすると、杖を使う。

杖にも種類が色々あります。

松葉杖とか、いわゆる一本の棒みたいな杖から、先が四本足になっていて、一本の
棒より安定感があるものや、手の力が入らないから、腕で支えるような杖もあるし、、、

杖も使えなくなると、車いすを使うのだ。


しかし、、、心が折れてしまい、立ち上がるのが苦しいときは、なぜかみんな、頑張りなさい、みんなそのくらいのことは乗り越えているのだから、自力で立ちなさい!と、支えるのでなく、立てないのは努力や頑張りが足りないと叱り飛ばしたり、気合入れろ!みたいなことを言ったりしてしまう。

心にも、立ち上がれない時には、杖が必要、車いすが必要なときもある。


心の傷は見えないから、ついつい、頑張りなさいとか、言ってしまうのかもしれない。


また、立てないかどうかも、見えないから、そのくらいのことは我慢できる、乗り越えられると、勝手に判断したりしてしまい、厳しいことを言ってしまうこともある。

だけど、言われた方は、わかってもらえない、、と、落胆したりするわけだ。


介護をしている人は、結構辛いことを、抱えていることが多い。

しかし、介護くらいでそんな、、、なんて言われたりする。言っている本人は、親に子供を預けっぱなしで働いていたり、かなら甘えていたりすれば、介護のイメージすら甘いから、理解できる領域にはいない。

介護なんて、みんながやること。そのくらいのこと、、と、いう人は案外多くいる。


どんなに重いかは、持ってみないとわからない。実際そんなことをおっしゃる方も、折れてしまい、立てなくなるかもしれない。

みんなに厳しいことを言いながら、自分が折れたら、、誰も助けてなんかくれませんね。ここぞとばかり、頑張りなさい!を言われるでしょう。


子これが折れている時には、なぜか傷に塩を塗るようなことをしてくれる人が山のように居る。


日本人は、頑張って生きるから、弱音吐いているのを嫌う。

私の場合は、折れることを許されない。

支えることもできるが、支えてもらいたいこともあるよね、、、


支え合う人が居なければ、やはり杖や車いすが、必要だ。

だけどそれを弱さという人が居る。

難しいね、介護は。