ご飯食べてないよ~、、って、あれ? | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

ショートステイにいらした方が、二日間のお泊まりではありましたが、一日中、帰りたくて、ずっと騒いでいた、

帰りたいよ~
迎えに来てくれ~
早く~
死んじまうよ~
ひもじいよ~
大変なところに来ちゃったよ~、ご飯もくれないよ~


ちなみに、ご飯はしっかり召し上がり、さらに足りず、死んじまうよ~と言うので、おやつまで召し上がるのだけれど、お腹空いてしまうらしい。

別の認知症の方も、やはり食べても、食べていないと主張し、ヘルパーさんがご自身の夜食としてお持ちになったものを、分けてもらったりしていますが、、、またすぐに忘れてしまう。


ご飯くれないんだよ、鬼だよ、うちの嫁は!と、近所にふれまわるお姑様に苦しむお嫁さんも多いけど、ヘルパーさんも大変だ、、、

身内の場合、特にお嫁さんの場合、鬼だよ!なんて言葉を信じてしまう人もいたりする。悲しいけど、元気そうだと、お年寄りの言葉の方が正しいように見えてしまったりする。


うちも、義父がラーメン大好きで、食べたいと言うからラーメンを作る機会を増やしたら、やはり身内から苦情がきた。体に悪いものを出すなと。家庭料理を出せと。

当時のケアマネさんに言ったら、ちゃんと野菜たっぷりの家庭料理だし、夜ご飯は手をかけているし、忙しいのにきちんとご飯作ってるよ!と言ってくださり、うるうるした。


頑張っても、そんな風にしか見てもらえない立場の人も居るんだよね、世の中には。

人を見る目、現実を見る目、自分ならできるのかと考える力、、、必要であると思う。


これは、介護をする上でだけでなく、普通に生きるためにも必要ではないのだろうか。


こういうことができる人でありたいなと思う。


批判するのは簡単。でも、自分ならできる?と考えたら、自分ができないことであるならば、批判すべきではなく、手伝うべきではないのだろうか。



実家の親の介護しながら、義父の食事三食作りながら、子供たちの受験と卒業準備をしながら、他にも色々抱えながら、一人で全てやるために、寝る時間も削って生きていた。不整脈を起こして、でも放置して、ひたすら頑張っていた。

あの時期を乗り越えたら、もう他のことは些細なことのように感じる。

元気復活したし、働いているし、、ひたすら批判されるだけでは、やっぱり幸せな気持ちは芽生えにくい。


批判するより、実は褒める方がずっとずっと効果的で、色々やってもらえるのだ。


憎いから批判するならしかたない。いじめぬいてやりたいならしかたない。だけど、本当にやってもらいたいなら、やり方は逆だ。


できる人って、それを上手くやるように思う。でも、なかなか難しくて、やってくれないことへの怒りばかりが出てきてしまう。

器大きく、優しく、おおらかに生きたいものだ。笑顔が消えてしまうような毎日は幸せではないから。笑顔作れる人でありたい。


、、、お笑い芸人目指してるわけじゃないですよ!