火元事情 | ケセラセラとテイクイットイージー

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以前はヤフーブログで長い事記事更新を行っていました。
ほとんど準備をせずにいきなり引っ越しをいたしましたので、徐々に体裁を整えていく予定です。

おならの着火実験の話で、皆経験があるかも、と話ましたが、良く考えて見ますと、年代や地域で火を扱う事に差があることに気がつきました。

 

私の幼少時代である60年程前では、台所のガスコンロに火を付けるには、まずガス栓を捻ってガスを出す、直ぐにマッチを擦って火を付ける、というような事を普通に行っていました。

農家等では五右衛門風呂やかまどが普通に在り(父の実家も米農家で、私が中学になるまで、かまどに五右衛門風呂でした)、薪に火を付ける事が日常的に行われていました。

子供達の遊びでも、爆竹やヘビ花火に火を付けて遊んでいましたし、時々たき火をたいて芋やザリガニ等を焼いて食べたり、寒い日は暖を取ったりしていたので、ポケットに小さなマッチが入っている事が常でしたし、かんしゃく玉というモノにぶつけて爆発させる花火もポケットに入れていました。

時代的に「三丁目の夕日」という感じでしょうか。

考えて見ますと、田舎暮らしが多かったので、それも原因だと思います。

 

方や私の妻(9才下)は、新興団地で文化的な生活をしていたせいか、マッチはおろかライターで火を付ける事すら出来ず、100円ライターは両手でおっかなびっくり作業を行い、火が付いた瞬間「キャ」と手を離したりして、危ない事しきりです。

チャッカマンの引き金式なら、何とか火を付ける事が出来ます。

何でこんなことが出来ないの?と初めは驚きましたが、彼女の時代から、ガスコンロは着火装置で簡単に火を付けられるようになり、危険だからと火を使う遊びは全て禁じられていました。

実際に私が中学になった頃(50年数年位前でしょうか)にから、火遊びがキツく咎められるようになりました。

10年を経ずにその様に様変わりしていたのですね。