ちまちま書き綴ってきた旅行記ですが
だいぶ記憶も風化してきましたので
これで仕舞いにしたいと思います。



メキシコ旅行も最終日の四日目。
朝十時にはホテルのチェックアウトをして空港に行かないといけない状況ですが、僕にはまだこの旅でどうしても行きたい所がありました。

前のメキシコ旅行でアーナル(仮称)と10日間宿泊した場所、日本人宿「サンフェルナンド館」

7年前、帰国前夜のサンフェルナンド館ロビー

そこに思い入れがあり、行きたいのは僕だけなので
一人で行ってきました



まだ、日も上りきらない朝6時半
メトロは走ってますが乗換えがあるので
時間短縮にタクシーを選びました。

ホテル前のロータリーには
前日に遺跡へつれてってくれた爺ちゃんはいなかったですね
変わりに、悪徳セールスマンみたいな笑顔を浮かべたメガネのドライバーがおりました。

英語が出来るのがその人だけだったので
目的地をつげ、値段交渉をして車に乗り込みました。



えらい、めんどくさかったですね。

今となっては会話の詳細は思い出せないのですが
最初はフレンドリーに「100ペソで往復」がスタートだったのは覚えています。

しかし、走り出して100m、
笑顔で「名所を案内してやろう」というプレゼンを皮切りに
たけのこ剥ぎが始まりました。

様々な提案を「時間無いから」で断り続けましたが
7時過ぎ、目的地である旅館のサンフェルナンド館の近くに来てからがひどかった

ここからは記憶を頼りに歩いて探そうと
車を降り、歩き出した僕に
「歩くならガイドしてやる。
この区域は危険だから、1時間200ペソでお前を守ってやる。」


いい加減うんざりしたので
「じゃあメトロで帰るからここまでで」、と言ったら
その時遠くから銃声パトカーのサイレンが聞こえてきまして

「ここは危険だ、悪い事は言わないから1時間250ペソだ。」
 




現在は外国で働いている前の旅の同行者アーナル(仮称)が日本に帰ってきた時に
「外国大変か?」と聞いたことを思い出しました。

言われた答えが
「言葉なんて行ってしまえば何とかなるが、
体でかくないとまず相手に舐められる。」


この7年で20キロほど増量したアーナルの言葉が
今になってよく理解できました。





そういう事ですね。
僕の体が小さいから足元見られまくってます。

ガイドの誘いを無視しながら15分間くらい歩いて
自力で見つけました。サンフェルナンド館


チャイムを鳴らすと
鉄格子の奥の扉が開き
日本人のスタッフが顔を出しました。

「お届けモノがあるんですが、中入れてもらっても良いですか?」と聞いたらあっさりOK頂き
メガネに「5分で戻る」と告げてから

サンフェルナンド館に足を踏み入れました。



足踏み入れただけで、
もう目的は達成です。

絵も机も照明も
前回、日本へ戻る前夜
寝転がりながら粘土でドカさんとセイヤさんを作ったソファーも変わりありませんでした。



訪問ついでの自己満足として
対応してくださった日本人スタッフさんに
ここに泊まられている元井さん
今も武者修行をされている二人の日本人レスラー
日本から空輸したピザポテトを渡してもらうようお願いして

5分きっかりで
サンフェルナンド館を後にしました。






帰り道、儲け損なった悪徳メガネは一言も口を利かなくなっておりました。

真顔は怖いですね。
このままどこぞに連れ込まれ
待ち伏せしていた仲間に身包み剥がされないと言う保証はないです。

ですが、
無言のまま無事ホテルについたので

僕は謝礼を述べ、
大目のチップを渡し
一緒に写真を撮って貰いました。



朝会った時と同じ笑顔がそこにありました。

何故だか、向こうも携帯を出して僕を取りました。





てな具合に

メキシコの旅は終わりました。

次いつ行けるかなんて全く予定がないですが

思い残す事もう無いですね。






書き洩れた事としては

今回の表題はドラゴンボールの映画からの引用ですが
あっちでもすさまじい人気ですね、ドラゴンボール。

路肩では9月末時点で日本でもまだ売られてない「復活のF」の海賊版のDVDが売られており
夕方5時からテレビでスペイン語盤「ドラゴンボールZ」がやってました。

テレビ放送をたまたま見れたんですが
ピッコロさんが悟飯をかばい、ナッパのエネルギー弾を受けてお亡くなりになる所でした。
一番好きなシーンです。

ピッコロさん死ぬと言うことは神様も死ぬと言うことで
ミスターポポの神様を呼ぶ絶叫で番組が終わったのですが

その時ポポは「GOD」とかでなく「KAMISAMA」と叫びました。

帰ってから調べたら
宗教の関係で気軽に「神」名乗れないみたいです。

ストーリーとは関係なく、お国柄ってあるんですね。








書いてない事

他にもある気がしますが

長いのと一ヶ月経ってるので、もういい事にいたします

ですが

同行してくれた皆様への謝辞だけはして

それでお仕舞いにさせて頂きます。



道中なにかにつけ「7年前」「7年前」うるさかったことはすいませんでした。
昔のことしか言わない嫌なOBみたいになっておりました。
しかし今回も濃厚で楽しい旅でしたので。

またいつか行きましょう。

実に良い休暇でした。

メキシコにある古代遺跡「ティオティワカン」には
太陽と月のピラミッドの他に、「ケツァコアトル」と言う神様が祭られたピラミッドがあります。





羽毛の生えた蛇の外見をしていたと言われるこの「ケツァコアトル」
ファンタジー系の物語にはヨーロッパ方面の神様のが多く取り上げられてるんで、

もしかしたらあんまりおなじみじゃないかも知れませんが

夢枕獏が書いた「荒野に獣慟哭す」って小説にも出て来まして
高校生の時読んだんですが、

それ以来 好きですね。

その本で知った
アステカ民族による「ケツァコアトル」絡みのやらかしエピソード

がっつり心をつかまれました。


メキシコ旅行記ではないんですが

こんな時でもないと紹介しないでしょうから、垂れ流させて頂きます。



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古代アステカの神様 「ケツァコアトル」
水や農耕をつかさどる神様として民に崇拝されておりました。

王として立派に統治していたようですが
ある日侵略してきた生贄文化大好きな「テスカトリポカ」てえ別の神様に敗れ、東の海に逃げ出したそうです。
とある文献によれば、 蹴りで玉座からおん出されたそうですよ。

ですが、ケツァやんは去り際に
「いつか東から白い肌の人間の姿で戻って来て、この地を平定するから待ってろ。」的なことを言い残したらしいんですな。
「一の葦の年に帰ってくる。」
 と予告したらしいです。

そこから、というか
紀元前からずーっと
アステカ民族には「ケツァコアトルが東より帰還し、人々を救う。」という伝説が伝わっていたそうです。


で、
時は流れに流れ西暦1519年 
世はまさに大航海時代。

スペイン人の「コルテス」ってのが海を渡ってメキシコに上陸しました。

その目的は領土拡大。
メキシコを植民地にする為ですね。

スペインのお札に描かれるコルテス(現在はユーロ)



さあ、ある日突然船で乗りつけたコルテス
それに対し、
現地にお住まいのアステカ人の皆さん

「ケツァコアトルが帰ってきた!!」と勘違いして大歓迎しちゃったらしいです。

アステカ王に至っては「国をお返しします。」なんて言って

コルテスも
「なんだか解んないですけど、そんならお言葉に甘えて。」
すげえあっさり植民地にしちゃったんですって。




「ジョジョの奇妙な冒険」の冒頭によれば、
アステカの皆さんは
こんな、世界に君臨しようとする栄華を誇っていたそうですが

自分達とは明かに違う白い肌を持った男が
メキシコから見てにあるスペインから
52年に一度しかない「一の葦」の年に海を渡ってやって来たのを見て

きっと「族長(オサ)!」「族長(オサ)!」言ったんでしょうな。


「神様の仰せとあらば」
、なんて
アステカ文明あっさり捨てて
メキシコの公用語がスペイン語になりましたとさ―――。



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「勘違いから始まる悲劇ってのは、はたから見れば喜劇だ」とはよく言ったもんですが

良い話ですね。

おおむね事実。ってのがまた良いです。




今回この文章書くに当たって

うろ覚えな部分ありましたんで、ネットで色々検索したんですが

「ケツァコアトル」って検索してみたら結構出てきました。

以外と有名なんですねこの神様。



見ようと思えば日本でも見られるようですよ。
ディスニーシーのジャングルクルーズとか、代々木公園の隅っこにアレンジされて祭られてるんですって。


 





他にも検索してたら

日本のスマホゲーム「神獄のヴァルハラゲート」っていうのにも登場するみたいですね。

名前はまんま、「仮面神ケツァコアトル」

ゲームやってないんで
このキャラがどのくらい強くてどのくらい重要なのかは全く判らないんですが

なんだか

画像を見たら

ずいぶんビジュアルに親しみがある形でアレンジされてますね。








































「クロス・アウッ!!(脱衣)」







古くからある物語なんてえものは

現代でいじられてなんぼだとは思いますが

これに関してちょっと適切なコメントが浮かばないですね



まあ、

ですが、

ディスニーシーにこいつが祭られてるのかと思うと

近くに行ったら寄ってみようか。なんて事も思います。



ちなみに他のアステカの神々も
もれなく変態仮面になってますね。
http://sakuhindb.com/pj/6_BFDCB2A6/20140822.html







以上です。

「ケツァコアトル」関係で言いたい事はもう無いですね

あとは
夢枕獏・著、「荒野に獣慟哭す」は面白いです。くらいですか、


ちょいちょいえぐい部分ありますが
すごい物語なんで、よければ読んでみて下さい。

伊藤勢が漫画化したやつも良かったですね。


テオティワカンとは、
紀元前2世紀から6世紀まで繁栄したテオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡。
当時のアメリカ大陸では最大規模を誇り、メソアメリカの中心的都市として機能していた。
wikipedia  



前の旅でも行きましたが
今回も行ってきました。

宇宙と神話、死生観までも形どった古代遺跡
神々の都市=「ティオティワカン」

(ドカさんに貰った絵ハガキ )


ペルーの「マチュピチュ」
ボリビアの「塩湖」に並ぶ南米のパワースポットで
「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる重要アイテム「石仮面」の原産地と言われております。

高さ65mの太陽のピラミッド
高さ47mの月のピラミッド
南北4kmにおよぶ 死者の大通り
そして
僕が好きな小説夢枕獏・著「荒野に獣慟哭す」に出てきた神様、

「ケツァコアトル」が祭られた神殿がある場所ですね。

なんか今回、
行き方とタイミングが良くて貸し切り状態でした。



 ▼




遺跡は、
宿泊する市街中心地から北東約50キロの地点にあり、
そこまでのメジャーなルートは
メトロでバスターミナルまで行き、そこから高速バスという
一人往復900円2時間半近くかかるものですが

朝八時、ホテルの前のタクシーロータリーで
たまたまいたお爺ちゃんドライバーに言われたのは

「ホテルから遺跡まで往復で乗せるから、一人1400円。」

3日目で旅の疲れもたまっており
まあいいや、と乗り込んだら

この爺様が飛ばすのなんの


(時速120kmから見る郊外の町並み)


(車内後部座席)

緩い舗装のハイウェイ
70年代洋楽が流れる車内
ちょいとしたワイルドスピードの様相で

週の内、一番車が混雑すると言われる月曜の朝にも関わらず
ホテルから遺跡まで。1時間で到着。

多分ですが、
体に掛かるGがおかしかったので
少し空飛んでたと思います。


かくして朝九時
現地の土産物屋も開く前、
人っ子一人見当たらない広大な敷地に我々5人と爺さんのみ

ここまで独り占めってのは、なかなかない光景ですよ。

朝モヤでガスってて非常にパワースポットっぽかったですね。




 ▼




これまで
描写をくどくど綴っていたので
ここは好きな写真数点張るだけにします。

遺跡の詳しい情報はNAVERまとめ とか見ると詳しく書いてますね。






その圧倒的な光景は
7年前と全く変わりません







太古から変わらぬ開けた空。
終わらない踏み台昇降。
次々に「ホトンドタダ!」と声をかけてくる土産物売り。

素敵ですね。

今回は、2月なのに「良い天気だから体焼こうか」なんて世界遺産で上裸になる日本人2人組はいなかったですが、

それ以外は昔のまんまでした。




そんなこんなで
正午前には遺跡を後にして

帰りも爺様がハイウェイをぶっ飛ばし
1時間でホテルにたどり着きました。

午後は悠々とお買い物とかできます。


「タクシーには気をつけろ」
メキシコ経験者に口をそろえて言われてきましたが

今回は本当に良い金の使い方しましたね。

最終日に乗った 
あの鬼畜メガネのタクシーと比べたら本当にそう思います。



 ▼




さて

この項目、

階段の昇り降りで
足の乳酸半端なかったですが
特筆すべき失敗談は無いですね。



午後の僕の足跡は、
手も足も出なかった7年前の苦い記憶を払拭するリベンジの旅で

みんなとは別行動で
単身「Merced」に乗り込んだ

やらかし通り越して、ちょいとした一大スペクタクルなんですが



これは書きません


軽く命懸けだった事だけ書いておきます。







ではその代わり

僕が好きな小説、「荒野に獣慟哭す」で知った。
アステカ民族のやらかしエピソード
ちょいと紹介しようかと思います。






とも思いましたが、

十分書いて、キリも良いのでそれは次回に・・・




なんだい、

じゃあ普通に終わりで良いじゃねえか。

ルチャリブレ(Lucha Libre)は、スペイン語でプロレスのことである。
メキシコ合衆国において非常に高い人気を得ている大衆芸能「格闘技」で、兼業も含めれば数千人の競技人口を誇る。

wikipedia より




ルチャ・リブレ

まあー 人気。

人気って言うか、
メキシコにおいては

それがあってあたりまえという環境です。



前に行った時は
大人気選手ミスティコとのタイアップ商品
ミスティコアイスってのが普通にコンビニで売ってましたね。

日本で言うと
 『やわらちゃんふりかけ』『イチローカレー』みたいな感じでしょうか?
もちろんそんなもん無いですが、
そういうのがイベント限定とかじゃなくてきちんと流通していて
ほぼほぼ、どこ行っても買えるって状況でした。

高見盛でも商品名にまではなってない ですよ。


また、

今回は見かけなかったですが
前に行った時は、公園の中にジャングルジム感覚でリングが建ってました
町の柔道教室的な感覚でみんなプロレスやってる国ですよ。



そんな、プロレス大国メキシコで

第一線のルチャ生で見るのが今回の旅の一番の目的です。

見に行きました。

日本で言う「両国国技館」

毎日のようにプロレス興行が行われる

「ルチャの聖地」とも言われる場所

 「アレナ・メヒコ」


収容人数15,000人以上
周囲にはプロレスグッズの露店が並び
観光名所として他国語にも対応して
ボディーチェックしないと会場にも入れないと言うセキュリティ。





特別リングサイドで観戦しました。
前から二列目と言う奮発ぶりですよ、
それでも2000円くらいしかしないんですけどもね。


すごいもん いっぱい見ましたね。

この日の朝、アステカブドーカンで命からがらルチャ教室を受講したので
より、すごさが判ります。



とりわけ沸きっぱなしだったのはセミファイナル。

一昨日、

同所で行われた年間最大興行「アニベルサリオ」のメインイベントで

敗者はマスクを剥がされると言う非情な一騎打ちに敗れ、
素顔をさらして初試合となるソンブラ選手をはじめ、

スターが揃った6人タッグ。

ラ・ソンブラ選手


すごく高度です。ハイレベルです。
高いです。

早いです。

綺麗です。

しかしながら、多分ですが、
お客さんが沸いてるのはそれ以外の部分

仕草や佇まい
選手の一挙手一投足に
会場全体が一喜一憂しておりました。


この国で、この競技人口で

大会のセミファイナルとかメインイベントを勤められる人は
なんというか、
問答無用でスターなんですね。


見惚れているうち
ソンブラが場外戦で我々のほうにすっ飛んできました。


我々の前2mにある柵にぶち当たり

それでも勢い納まらず

柵を中心にバック転するみたいな感じで客席になだれ込みました。


すさまじい衝撃っぽかったので

ソンブラは客席の床でのけぞってのた打ち回ってます。


ソンブラを追ったリングサイドカメラがこっちを向いて
我々、

ガッツリ会場スクリーンに映ってます。

おや、
これは


我々
エキサイトする客の役をやるべき状況ですね。



やいのやいの言いました。

そしたらなんかソンブラさん、顔を上げ我々を見ました

今日から素顔になったので、完全に目線が合ったのがわかりました。


彼は、


背筋をただして

我々向けて

えらいハキハキと

「ドーモスミマセン!」と頭を下げてきました。




いじられました。


一昨日、

命の次に大事とも言われるマスクを失い


悲壮な表情で会場を後にしたと聞きましたが、

なんか、

ずいぶんと明るいですね



あっけにとられましたが


何も返せないのは癪なので

とりあえず僕もハキハキと日本語で「どういたしまして!」と返しました、

ソンブラさんは笑いながらまた踊るように戦いの輪に加わって行きました。



正直僕はあんまりソンブラさんのこと存じ上げておらず、
動いてるの初めて見たくらいなんですが

心つかまれました。


時より新日本プロレスで試合してるみたいなんで
出来たら今度は日本で見たいですね




そんなこんなで、
メインではチャンピオンの水戸黄門の印籠のような一撃必殺アトランティスバックブリーカーからのファンサービスを堪能し


全試合が終了しました。
2時間足らずでしたがはるばるここまで来た甲斐がありました





そういや前来た時は
メインでミスティコがえらい消化試合しててつまらんかったな、なんて事を思い出しながら
会場を出ようとした時です

なんか、気配を感じて振り向いたですよ。

見たことある人がいました。



二ヶ月前、


銀座でお姿お見かけした元井さん

アレナメヒコのロビーにいました。



お一人で見に来られてて
興行中、ことあるごとにスクリーンに大写しになってた我々を見つけ
わざわざ声掛けてくださったですよ。



挨拶もそこそこに

「ソンブラとなんか話してませんでした?」と聞かれて

「日本語で挨拶されました。」とだけ答えました。







さらにこの後、表の露店で

僕がお釣り間違えられたのを
元井さんがスペイン語で説得の口添えして下さって、
700円相当が無事に戻ってきた一幕がありました。

僕にとって大事な思い出なんですが

もう長く書いたの描写は省きます。


なんかうれしくなっちゃって

口数多くなってたのは申し訳なかったですね

くどかったと思います。




この日は、
前回今回あわせて、最も思い出深い一日になりました
戻ってもっかい追体験したいくらいに良い日でした。




















この元井さんやルチャ観戦に関することで、
特筆すべき僕らサイドのやらかしはないんですが

あえてオチをつけるならば



元井さん

僕らと会った翌日に

自分の携帯をトイレに水没させてますね。


我々、スペイン語に詳しくないですが
たまたま、そう言う状況を示す単語は知ってます。


トペ・スイーシーダ(入水自殺)
って奴ですね。


※場外ダイブの意味



なんか、良くない流れを差し上げちゃった感は否めねえな。
と思う次第です。























ルチャの動画サイト 見ても
前後の興行は見つかりましたが
どうしてもこの日の模様が見つかりませんでした

見つけた人は是非教えてください
9/20のアレナメヒコで行われたCMLLです。
Arena Mexico CMLL
Ciudad de Mexico, Distrito Federal
Domingo 20 de Septiembre 2015

元井美貴さんと言う人がいるですよ。

青学の英文科卒業して、気象予報士になって
さらにはプロレス好きから、CSのプロレス格闘技専門チャンネル「サムライ」のキャスターもやってるっていう
なんか、
美人で才女な人ですわ。Wikipedia  


丁度僕らがメキシコに来る前日に
現地のプロレス年間最大の興行
アニベルサリオ(記念祭典)
ってのがありまして

元井さんはサムライのキャスターとして、
さらにはスペイン語インタビュアーとして、
日本からこの大会の取材に来られてたんですね。

その模様が週刊プロレスにコラムで載ったりもしてました。


元井さんと我々、
滞在期間、滞在場所が
ほぼほぼ重なっていた形になります。

 




で、いて

この人と我々、
うっすら接点があります。

東京歯科大学のプロレス研究会のOBが主催する興行。
通称「シカプロ」ってのが毎年7月に銀座でやってまして

今回の旅の発起人でもある
歯科医の古川さんが「シカプロ」の主催の一人で
僕含めた旅の同行者4人もこれに何回か出してもらってるんですよ。
こんな とかこんな 感じで
2010年からもう6回もやってるんですな。



で、
このシカプロ

第一回から一度として欠けることなく
幕間にフラダンスの演目が入ってまして

元井さん
それにダンサーとして皆勤出演 。っていう









そんなご縁は前々からありましたが、
これまでろくにお話した事なかったです。


ですが、

今回初めてコンタクトを取りました。


メキシコでの一泊目、時刻は深夜。
元井さんがやってるSNSの「サボテンの実がおいしい」という投稿にコメントを付けました。

「ちょうど今メキシコシティにいるのですが言葉がわからなくて四苦八苦しております。他には何が美味しかったですか?

そのスペイン語読みとかも教えてもらえたらそれ食べに行きます。」クリウ


コメントというか
「食料を確保したい」っていう
SOS(救援要請)ですよね。


メキシコ着いてから

目についた店に入って、
メニューに書かれたわからない単語あてずっぽうで指さして
出てきたものをみんなで食べる。って言う

博打のような食生活をこなしてきました。

メキシコはアメリカの隣とはいえ
公用語は英語でなくスペイン語

そして我々、
知ってるスペイン語はプロレス技のみですよ。
飯食うのにも一苦労。

古川さんの「金ならあんだから」という発言。
初日だけで4回くらい聞きました
金はあれども欲するものを示す言葉を持たない状況です。

それでも
機関銃を持ったポリスやピチッとした服を着ている同性愛カップルであふれる夜の歓楽街で
恐る恐るようやく一食食べて

「こんなことではいかん」
TLでメキシコのメシバナをする元井さんを見つけ
助けを求めました。



そんなこんなで投げたSOS

無視されても当然でしたが、丁寧に返信を貰いました。
シカプロでご一緒させて頂いてる事も覚えていてもらっててありがたかったですね。

元井さんがTLで呼びかけていた「おいしいもの教えてください」という投稿には続々情報が集まり
あの中邑真輔選手も「フゴデカルネというスープがうまい」という情報をくれました。


我々だけでは絶対に集められらなかった情報です。
ありがたい限りです。

これで大丈夫、と

枕を高くして

同室の上野くんのいびきを聞きながら寝たわけですな。





なんですが、

「その後の旅で情報の料理を食べたのか?」と聞かれたら、

すいません、近所のファミレスで済ませてました。



なんか、
よく探せば英語の通じる店、メニューに写真がある店ありますね。

そして「これ食べたい!」と希望を出すものも特におらず

なんか、あるもの食べて四日を過ごしました。


夜食は僕が日本から持ち込んだピザポテトだった日もありました。






そんなでしたが、

前回と今回のに関して
強いて「何がうまかった」と言うならば


7年前で言えば、
オリエンタルさんに紹介してもらった、シーフド料理 がうまかったです。
海産物をさっと湯通しして、カクテルグラスに盛り付けソースを掛けたモノです。

後は、シーフードを食べたその晩に
コンビニで買ったプチダノン苺味みたいなヨーグルト
あれは印象残ってます。うまかったです。

ですが、
翌日から3日間
僕は下痢でのたうち回りました。
軽めのボツリヌス菌か乳酸菌にやられたんだと思います。

もう二度と食う気はないですが、
あれはすげえうまかったですね。





今回の旅で言えば

結局、

初日メキシコで初めて入った店で
訳も分からんまま出てきたタコスとコーラが一番うまかったですね。

適当に選んだアレが一番でした。












総括しますと

僕と古川さんのメキシコ料理に対する感想で一致したのは

「なんか全体的に苦い。」です。


氷は水道水から作られてるんじゃないかと不安になりながらレモネードを飲む小笠君