今の会社でお世話になって2年半がたちます。

正月以外、土日関係なく開院してるので

連休なんてそうそう貰ったことなかったですよ。




それが今回5連休

遠方に旅行に行きました

当然、お土産の一つも買っていくのがすじってもんです。

こういう時にはお菓子が常道ですね。

最終日の前日

同じくお土産を買いに行く皆と一緒に、近所のスーパーにふらりとよって
スペイン語で書かれたそれっぽいお菓子を買いました。




帰国した翌日

事務所に出社して

「あっちで一番人気です。」なんて出任せ叩きながら

それを机の上に出しました。






ジャイアントカプリコみたいなお菓子ですね。

シチュエーションとしては動画まんまな感じです







「さあ皆さんでどうぞ」、と



いざ開いたらこんなんが出てきました











みんな「?」を浮かべてました。

僕の頭上に一番でかい「?」がありました



チョコやらクッキーやらと同じ棚にあったらカプリコだと思いますわな。

「お土産です」って渡されたのはアイスのコーンだけ10個

全員リアクションに困っておりました。





既に割れていましたが

袋の上から鉄槌を落として

かけらを食べました。

部長より「親しみのある味だ。」なんて言葉を賜りました。





僕も覚えがあります

まんまこれですわ




メキシコっぽさはもちろん
アメリカ大陸っぽさも無いですね。


あっちでは、全てにおいて

勢いのみを大事に生き延び出来ましたが



「帰国したのだから、それら全て日本式に改めないといけないな。」

職場復帰して15分で思った次第です。




思ったときにはもう遅く

今まで以上にさらに深く

「こいつに大事な仕事任せられねえな」と言う人事評価が刻まれました。



















ちなみに、

もう10月に入りましたが、

こいつまだ処理できてないですね。



1/3くらいになって

お菓子ゾーンに居心地悪げに居座っています。

これを食い終わるまで僕のメキシコ旅行は終わらないですね。

ロストバゲッジ=Lost Baggage

飛行機の預け荷物が紛失することで、
荷物の積み忘れや積み替えミス、行き先の間違いなどの理由で発生します。 探して見つかれば翌日~数日後に滞在先に届けられ、探しても見つからなければ一定の補償が受けられます。




こういうことがあるって話は聞いたことがあります。

ですが、

実際我が身に降りかかったら

なんというか、

戦慄しますね。








成田からヒューストン、そしてメキシコ
半日以上の時間を掛けてはるばる移動して参りました。

始まりの地メキシコシティ空港
「いざ太陽の国メキシコ」へ って時に


クズ君の荷物だけ
コンベアから流れて来ませんでした。


貴重品は機内持ち込みでもって手元にあるのですが、
着替えやトラベルグッズ、そう言ったもろもろが
到着初日にロストしました。

余りの幸先悪さに

日頃の行いが悪いのは誰だ、と
荷物だけでなくこの五人の中の誰かがロストする事への暗示か
なによりも荷物はどこへ消えたのか、と
5人全員が戦々恐々としました。



ですがこの旅
メキシコ空港からホテルまでの行き帰り+アレナメヒコでプロレス観戦だけ、日本人のガイドさんが付いてくれるプランでして、

空港に迎えに来てくれた現地のガイドさん(女性)
その旨相談したんですね。

話を通してもらい、

「どうやら荷物は
まだヒューストンにいるらしい」


と言うことが判りました。

ヒューストンから最終便でメキシコ空港に届き、
二日目の昼にはホテルのフロントで受け取れるようにする。」


そういう手はずを整えてもらいました






良かった、

ならば一安心。








そう

思っておりました。








(初日の上野くん)




二日目は、朝から
アステカブドーカンへプロレスの練習に行って
全員高山病みたいになって一度ホテルに戻ってきました。

この後はガイドさんと一緒にアレナメヒコへプロレス観戦です

昼は回って、2時ごろでしたか



まだ、

フロントに荷物が到着してないんですね。




ガイドさんと落ち合って
アレナメヒコへの道すがら
荷物の現在地を聞いたところによると


昨晩ヒューストンをたったクズ君の荷物は



ペルーはリマ空港に着陸した。」 との事でした。










































・・・結果を言えば、


ロストしていた荷物は現在彼の手元に帰ってきました。



しかし、
再開を果たすそれまでに
あまりに長い時間とあまりに長い距離が掛かりました。

三千里どころの騒ぎじゃないですね。


後々聞いた
荷物の道程は以下の通りだったらしいです。




初日
 クズ君宅→成田→ヒューストン→リマ

二日目
 リマ

三日目
 リマ→ヒューストン

四日目
 ヒューストン→メキシコシティ






リマ二泊ってのがやばいですね。

カテドラルとかサント・ドミンゴ教会がありますからね、堪能した事と思います。

そんなリマを出て、

荷物は一度ヒューストンに戻り、

四日目です、

我々の旅の最終日

クズ君の荷物はメキシコシティ空港に向かったわけです。


逆に言うと出発の成田以来、荷物がロストしっぱなしっていう按配ですよ。




さあ、


時を同じくして四日目の朝、

現地時間11時45分

我々はメキシコシティ空港におりました。

旅の思い出
出会いと別れ、

クズ君だけ
日用品を現地で買い揃えないといけない不自由さ
を噛み締めて





そして、

13時を回ったところで


我々は

東京は羽田へ向かう中継地、

サンフランシスコへと飛び立ちました。






クズ君の荷物が手元に来ないまま

メキシコを後にしました。









そして、

我々と入れ違うこと数時間後、

彼のキャリーバックは

人知れずメキシコの地を踏んだとのことです。






その後の荷物の足取りは、

五日目
 メキシコシティ→サンフランシスコ→羽田

六日目
 羽田→クズ君宅


とのことで、




彼の荷物だけ

二日延長して海外旅行を楽しみました。





(羽田にてロストバゲッジ講習を受けるクズ君)




 




先日、
高田馬場でクズ君に会って
日本の自宅で荷物の受け取りをした時の話を聞きましたが、

連休始まる金曜日の夜
「さあ、四日分の荷造りは万端」と封をして
成田で預け入れた
そのままの姿、

一糸乱れぬその姿のまま帰ってきたらしいです。


実に、

実にロンゲストジャーニーでした。




(解散直前、羽田にて)

てっきりまた手違いでヨーロッパ行きの飛行機に乗って
バミューダトライアングルあたりでロストして
海底鬼岩城編が始まってくれるんでないかとゆるく期待を持っておりましたが


無事だったなら
何よりです。
















・・・

・・・・・・


もう充分書きました。

2分で読める量を超えたんですが




余談になります。

僕の事について、





そんなんゲラゲラ笑ってたら

バチが当たったんですかね、




帰りの中継地


水の都、サンフランシスコ





僕は

自分の家の鍵をロストしました。







羽田に着陸してから気がつきましたね。

さあ、後は住み慣れたあばら家に帰るだけ って時に
ポケットに入っていない事に気がつきました。



サンフランシスコ
の手荷物検査

あのトランジットはバタバタしましたし

鍵と一緒にカラビナでとめてあるモンキーレンチに物言いが付いたのは覚えています。

さてはその時ですな、ロストしたのは。



シルバーウィーク最終日
場所は羽田
時刻は夜11時

翌日は仕事
になります。

さあどうすべ って話ですが。



当方、短期間とはいえ鍵屋をやっていた経歴がありまして

何やかんやしまして

日付変わって少ししたら自宅に入れました。



クズ君の荷物は無事自宅に送り届けられましたが

僕の鍵には「荷物タグ」がついてるわけじゃないので
今現在もまだ帰ってきてませんね。

きっと、このままサンフランシスコロストしっぱなしになるでしょう。

ベイマックスを見るたびにこの事を思い出すんでしょうな、


( ●―● )



セイヤさんと言う人がおります。

メキシコ人の友人です。

聖闘士星矢が好きなのでセイヤさんです。

仕事もしていて趣味でやってるプロレスのリングネームが「セイヤ」さんです。



セイヤさん(上)とドカベンさん(下)、
同時期にルチャを学んでいた日本人の武丸さん(左)



セイヤさんは
7年前の旅行で、ドカベンさんに紹介して頂きまして、
その時大変お世話になりました。
家にも呼んでもらいました。

義理堅く
とんでもない筋力をしていて
僕が土産に持ってった日本酒を飲んで
自分のベットでマーライオンみたいな寝ゲロをしておりました。



「今回の4日間の滞在中会えないか」と呼びかけたら
日曜だけお仕事お休みと言うことで
一緒に練習できる事になりました。


地下鉄を乗り継ぎ待ち合わせ場所へ
頼りない記憶を頼りに、郊外の町並みをしこたま歩いて
「アステカブドーカン」にたどり着きました。
日本でも試合をされていたオリエンタル さんがプロモートするジムで、
ドカさんがコーチの仕事をしながら仮住まいしていた所です。



変わらぬ道場の前で7年ぶりに会ったあの人は

範馬勇一郎みたいになってましたね。

傍らにはフル装備のミニセイヤさんもおりました。5歳くらいでしょうか?



オーナーであるオリエンタルさんに
200円にも届かない利用料と土産のピザポテトを渡してから
セイヤさんをコーチに練習が始まりました。


海抜で言えば富士山の5合目
外は光化学スモッグ警報が起きるくらいにギラっと晴れて
上陸してから24時間も経っていない

そんな環境で急に運動を始めた海の近くに住む日本人。
常日頃プロレスやってるとは言え、心肺的にお話になりませんわ。

一言で言うならば「命からがら」

まして僕は
セイヤさんと常にペアで
そのとんでもない筋力で吹っ飛ばされまくりました。

その様はさながら警視庁で黒帯を取りたいオリバのようで
2時間半の練習で2度ほど腕がもげそうになりました。






練習が終わり、
名残は尽きねど次の予定があるので道場を後にしようとした時でした。

セイヤさんから餞別を受け取りました。

それは、

セイヤさんのマスク

マスク屋でオーダーメイドで作った自身のマスクでした。


現地のマスク屋(7年前)



ともだちだから、と

譲ってくれました。

こっちはピザポテトしか渡してないのに

なんと礼を言って良いか判らんですね。


英語もスペイン語も満足に喋れないので
セイヤさんの右肩に手を添え
礼を言いました。

その右肩には、ともだちであるドカベンさんの本名が刺青で彫られています。
左肩には武丸さんの本名が彫られています。


全くの偶然ですが
時を同じくして東京はお台場でフィエスタ・メヒカーナ なるメキシコを模したイベントが行われており
武丸さんとドカベンさんが、示し合わせたわけでもなく何年かぶりに
リングの上で再会を果たしておりました。

世界的なシンクロニシティ
怖くなってくるような偶然です。

縁つうものは、切れず繋がっていくもんなんですね。






かくして
かつて3日と置かず通ったこの道場で
7年の時を経て新たに記憶が更新されました。


マスクをありがたく丁寧にカバンにしまい

プロレスをやっていて良かった。と改めて思いながら

アステカブドーカンを後にしました。




(僕撮影とセイヤさん撮影)













カバンの中には
来た時も帰りも

着替えの他に、
隙あらばなんかしようと思って結局何も出来なかった
塩化ビニルでできた人型の風船が入っていたのですが



その晩、ホテルで

このダッチワイフをともだちの証として

渡すべきだったのか、渡さなくて良かったのか

思いにふけって寝れなかったわけであります。






ともだち云々は置いといて

渡さなくて正解だったと思います。

渡してたら向こうの家族に嫌な空気が流れていたろう と思います。

7年前、大学の卒業旅行にメキシコに行きました。


自身初の海外で、
同い年の「アーナルがシワクチャジャネーカー(仮称)と供に
向こうでルチャ(プロレス)の武者修行をしている先輩の「ドカベンさん(仮称)を頼りに10日ほど滞在をしました。


非常に衝撃的で有意義な時間だったのですが

正直地球の裏であり、もう行く事も無いだろうと思っておりました。


道場でのプロレス練習後写真。後列左からドカさん、僕、アーナル




ところが今年2月に
後楽園ホールでメキシコナイズしたプロレスを見たプロレス仲間の古川さん小笠君

「現地で見たいね」と旅行を起案し、

それに僕を含めた三人が乗っかました。


結果


鳥取の歯医者「古川さん」 (毎年海外に行っている)
映像編集と情報収集が好きな「小笠君」 (去年初の台湾)
正直そこまでメキシコのプロレスに興味がない「僕」 (メキシコ以外では本土を出た事ない)
何事も様になってる「クズ君」 (一昨年アメリカ)
つかみどころのない「上野くん」 (子供の頃グアムに行ったきり)

以上の
ルチャ・リブレ(メキシコのプロレス)はテレビで見たことあるものの
それ以外の知識に乏しいプロレス仲間5人で


シルバーウイークの連休を利用して

メキシコシティーに行く事になりました。



未払いだった通信料を払ってネットが使えるようになりましたので
時間はだいぶ経ちましたが、

いろいろあった5日間の中で

書きたい出来事をほどほどの量で書いていけたらと思います。



①「ともだち」

②「ロストバゲッジ」
⑤「ルチャ・リブレ」
 


主に行った場所とかやった事

1日目 空港 博物館
2日目 プロレス練習 プロレス観戦
3日目 世界遺産 買い物
4日目 日本人旅館 空港

水曜日の西口ドアの話で

3vs3の軍団対抗戦のうちの一人として試合をさせてもらいました。
「ヤングサークル」「キッドアンドデンジャラーズ」と言うチームで
ヤングさん側に欠員が出た為、助っ人として僕が入らせてもらう運びになりました。


話を受けた時から、
現在欠場中であり、本来なら僕の位置にいたであろう
「さのうさぎ」さんの技を出してみたい。と言う思いはありました。
彼が使う、彼が敬愛するジェフハーディーの「スワントーン・ボム」




しかし、
本番中コーナーに上ってから気がつきました。

そういやこの技、
いたずらにフォームを練習した事はあるけども
いっぺんたりとも人に当てたことはなかった と言うことを

※2年前自爆したスワントーン


下を見たら、JDさんがちょっとズレた所にいました。
ズレた所に置いたのは僕です。

迷っている間、泳いだ目で天井を仰ぎジェフのポーズをしておりました。

「まあJDさん体鍛えてるから大丈夫か。」と思いなおし、
無事に着陸できる事を祈りながら、
JDさんに身を投げました。





その一秒ちょい後ですね、

ちょっとこれまで記憶にないくらい背中に手ごたえがあり
そのままバウンドしたと思います。自然と上体が起きました。
会場がどよめいたのを聞きました

この後に影響が無い事を祈りながら、

フォールに入りました。




そんな感じで

初めてのスワントーンはガッツリ乗ってしまい、
3本勝負の内1本をこの技で決める事ができたんですが、

うさぎさんの復帰後は
改めてこの新宿FACEでこの技をだすあの人を見てみたい
と思う次第です。









・・・ここからは少し別の話で




フォールに入りながら、
一番集中させていたのはでした。


「うさぎさんの名前は出るか」、と
ジェフのポーズをしながら
ずっと聞き耳を立てておりました。

結果、
うさぎさんに関わるフレーズは聞こえてこなかったように思いました。

「ストレス溜まったサラリーマンがえげつない飛び技で露出狂をしとめた」

そういった内容の事を実況の方が心地よくつむいでおられたように思えます。
「なんなんだあのポーズは」
そういったことも言われていたかもしれません。



僕は
10年位前からバイトで西口さんのリングを立てて、
流れで興行も見せて頂いておりました。

最近になって気がついたのですが、
西口さんは因縁やらアングルやらを極力廃したことをやっているのではないかという気がしておりました、
「その場限り、見てくれから伝わるもの以外は余計な情報」と断じている印象がありました。
因縁を知らない初見の人に伝わりづらくなるのを避ける為なのではないかと思いました。


今回もそうだったのかもしれません。
うさぎさんへの敬意は全く変わるものではありませんが、

今日この興行の中で名前が出てきていない「うさぎさん」の情報をあえて加えず、
「知らないと判らない」という思いをさせないようにする。

やはり西口さんはこういう所徹底してるんだなぁ、と嬉しくなりました。




・・・そう思ってたんですが




興行後
バックステージでよしえさんに声かけて頂きました。

「すごい飛び技だったね。エディ(ゲレロ)を意識したの?」と。

・・・なるほど
合点が行きました。

何の事はない

単純に僕の表現力不足から
見せたい技見せられなくなってた
ってそれだけの話でした。

うさぎさんの名前が出てくるはずが無いです。



西口さんを笠に着て
「張りすぎたアングル(複線)なんざややこしいだけで初見のお客を置いてけぼりにする要素でしかない」という自分の持論に正当性を持たせようとしてました。


台風に関わらず見にきてくださったプロレス仲間の江崎さんに
興奮して「やっぱそうっすよ!」って言っちゃった後でした。


僕の考えが凝り固まっておりました。


すいませんでした。


西口さんにはいつも気づかされる事で一杯です。





COWPERの試合を見にきてくれた芸人のカズミさんに
『選手も実況も、ウケた時にお客さんが声援を送れるように待つ時間取った方が良い』と教えて頂いた事も含め
大事に持って帰って今後にフィードアップしていけたらと思います。