クリスマスになんでブログを更新できてるのかって?そりゃ12月8日の成道会にもブログ更新してるから他宗教の祝い事でブログが更新されないなんてことはありません。
このブログの歴史上、更新されなかった時は2つある。
①水曜日の腹痛 ②忘年会
この2つ以外は更新されないなんてことはない!!!
というわけで今朝は男には突然起きるストームのような理不尽な妻の怒りを全身に浴びまして、帰省する妻を名古屋駅に送っていきまして午後の優雅なティータイムを楽しんでいるとふと気が付きました。
暇だ。暇なのだ。妻もいないことだしこれは昼から寄席にでもいくか。しかしなにもやっていない。なにか面白いものはと部屋を見渡すとありました。先日師匠から頂いたH1グランプリのDVD!
H1グランプリといえば僕は予選で落選しました。僕の予選動画はいろんな人に面白くなかった。と酷評されまして涙をのんだ大会でした。その本大会ですから全員僕より格上!これは楽しみだ。と再生ボタンを押しました。
落語や講談以外をこうやってじっくり観賞するのは3年ぶりくらいです。途中2倍速とスキップボタンを押しながら表彰式まで楽しみました。確かに全員上手で、全員楽しく、全員勉強になったのですがなぜうちの師匠が優勝できなかったのか納得できない内容でした。
是非皆さま、お坊さんが一生懸命仏法を伝えている姿にしびれたかったら是非購入してみてください。
あっうちの会社、第6回のJーGrantz補助金に採択されました。なんと日本国が認めたお坊さんの会社が弊社です。いつもありがとうございます。画像はネットで誰でもみれるものですからそのまま掲載しときます。
というわけで今日は「根が一緒のはなし」
仏壇の献花はいつか枯れます。花品からとりだしておけばドライフラワーになります。
しかし鉢のなかの蓮はかれないどころか成長します。むしろ花を咲かせます。これは根っこがあるからです。
私たちにとって根っことは先祖です。親があっておじいさんがいて、おばあさんがいて、そのまた先があって、その数を数えてみれば一代前は2人でその前は4人。3代前になると8人になる。その前、その前と数えれば10代前になると膨大な数になります。
それはまるで桜の木のようにたどれば綺麗な花見ができます。
は?
できませんよ。
最大に盛大に咲いた桜の花びらはある一定のピークを迎えたらまた小さく集約していくと思うんですよ。だって人口は増え続けているのだから人類の祖というものに集約していく。
つまり東山公園の桜の花びら一枚が自分であるなら、福井公園の一枚の桜の花びらが妻なのだ。しかしその桜は違う場所に咲き誇っていながらも同じ東北から譲り受けた同じ株なのかもしれない。
1は全なり。全は1なり。他人がいないと自分の存在すらも確認できない。今日はクリスマス。隣人を大切にしようと思っていましたが朝から妻を怒らせたお坊さんは
0120-176-152
法要から納骨まで
昨日はブログを更新できずごめんなさい。
それにしてもなぜ忘年会シーズンの電車は寝過ごしてしまうのでしょうか。何度かの失敗を繰り返して、市内ではない会場の時は寝過ごしても一回なら戻れる時間に電車に乗るようにしています。昨晩も見事に3駅程寝過ごし焦りました。
今日はクリスマスイブですね。この世界にうどんが存在しなかったらパンを一番あいしていたであろうくらいパン好きのお坊さんが選んだ本日のパンは先日みつけた「ニコラブレッド」さんのバゲットです。フランスのバゲットに見た目はかなり近いです。楽しみすぎる。
というわけで今日は「仏教徒はクリスマスを祝うのか」
仏教界に足を踏み入れると毎年のように話題になります。
「お寺でクリスマスのイルミネーションをしました。」
「仏教徒なのでクリスマスはやりません。」
「お坊さんサンタだよ。」
などなど様々な意見とクリスマスという他宗教の文化に触れてパリピ化するお坊さんも出現します。
お寺に住んでいない僕はお寺のことをとやかくは言いたくないのですが、あえてクリスマスの装飾をしなくてもいいのではないだろうか。とは思います。他宗教は邪教だ。と尖った一面もあるのが仏教です。
昔、とある宗派で神棚を祀っているとそれを降ろさせ廃棄させていた宗派がありました。神道がダメなのになぜクリスマスはいいのか。と疑問に思ってしまうところではあります。
しかし世の人々が楽しく平和であることは仏教の目指している一つの世界のあり方でもあると思うので、クリスマスなんて祝うべきではない。と意固地になるのもいささか変だ。
キリスト教徒が4月8日の降誕会を祝ってもいいように、我々もまたクリスマスを祝うのもいいと思います。ではなにを祝うのか。今日一緒に過ごす人と楽しい一日を過ごせることを祝う日でいいのではないでしょうか。だって僕は仏教徒なんだし。
クリスマスじゃなくてもいいじゃないか!と思った方は
0120-176-152
法要から納骨まで


































