明日は朝から忙しく多分ブログが更新できません。ごめんなさい。深夜に力尽きていなければ更新いたします。
それにしても「オミクロン株」が猛威を振るっています。来年のGWまでの海外旅行は全部無理そうです。夏まで響くかもしれないですね。僕としては東北という国内で素晴らしく楽しいエリアをみつけたので問題はないです。
本日は水曜日で、先程若干の腹痛があったものの今は大丈夫です。それにしてもこの水曜日の腹痛を治すには気持ちの問題だと思うので水曜日のたのしさを知っている方は教えてください。よろしくお願いいたします。
というわけで「僕の右ひじが骨折したはなし 後編」
なんで突然こんな話をしているかって?伝えたいんだ。日本人には到底理解が及ばない同じ人間の孤独や悲しみや、その人生を。暴力でしか自分の存在を叫べない子供がいたというはなしを伝えたい。
首元に向かって放たれたその閃光のような蹴りの前では僕の首なんて線香のように折れてしまう。というゾッとした防衛本能がそのコンマ何秒かで右腕を動かした。
バシィ!すごい衝撃が上げた腕から脊髄を伝って痛みを伝達した。思わず確認した右腕は蹴られる前の箇所にあったが力が入らなかった。ケリーはにやつきながら「タイマンをしよう。ファイトをしよう。」と言ってきた。
「いや拳がつくれない。」それもそうだ。この時に僕の右ひじの骨はバキバキに折れていたのだから。「大丈夫。これからだよ。」といってケリーは優しく僕の右手をもってボックスを作った。「ほら拳できたじゃない。」
社会にでてからたくさんの力に出会ってきました。それは、知力であったり、権力であったり、資金力であったり、人脈やカリスマであったりしましたが、僕は世界で一番強いのは暴力である。と今でも心からそう思っている。
日本でもインドでもヨーロッパでも一歩裏路地に入れば、そこには文化なんて人間が浅い歴史で築き上げてきたものなんてなくて単純で原始的な暴力が支配している。
ケリーにつれられて外に出た。180センチを超えたケリーの腕は僕の腿よりも太い。背中は岩のようだ。タイマンをしたことがないという人にルールを伝えると、とにかく自分の体を使った暴力で相手をねじ伏せれば勝利。ねじ伏せられれば敗北というルールです。
ケリーのパンチが容赦なく僕に振るわれる。ケリーの蹴りが、体当たりが、友達である僕に振るわれる。友達は友達に暴力を振るってはいけないんだっけ。友達は友達だから友達に殺されてしまうのだっけ。
鉄アレイで殴られたような拳が振るわれるたびに不思議と体が軽くなっていく。動けるようになっていく。一撃。一発でも僕は友達ならば拳を当てないといけないような気持になったのを覚えています。
人が人に暴力を振るのはよくないことだ。それは札束で頬を叩いたり、知識でバカにしたり、権力で蹂躙することと等しくそこに相手を尊重する気持ちがないからだ。
僕の左拳がケリーの頬をとらえたところまでは覚えているのですが、再び目が開いたときには八事の赤十字病院のベッドの上でした。朝方散歩していた人が、血だらけで倒れている僕を救急車で搬送してくれたとのこと。
右ひじの手術をして、拳で深く切られたところを縫ったりとかで大変でした。その後ケリーの両親が謝りに来ても肝心のケリーは来なかった。
その後、いろいろあって4年くらいケリーの話を誰からか聞いていましたがある日突然名古屋の街から消えました。風の噂でどこかの国の兵士になったと聞きましたがあながち嘘ではなさそうな噂でした。
他人が他人の孤独を知るなんてできない。それはケリーが自分の肌の色で悩んでいたこと。そこから自分の悲しみを暴力でしか表現できなくて愛している両親をも遠ざけることになってしまったこと。友人にも暴力を振るって支配したがってしまうこと。それら全てを一番近くにいた僕は無力にもなにもできなかったからだ。
兵士になったってことは暴力が正当化される世界に身を置いたってことだ。私たちは暴力を肯定しているのだ。否定していたらケリーは兵士になんてなれなかったはずだ。暴力反対と声高に叫ぶことを無意味とは思わない。
だけれども私たちは同じ種族の同類を蹂躙して生きているのだ。それは暴力ではなかったにせよだ。その現実を受け止めることが人が人に手を合わせられる社会への第一歩なのではないかと、右ひじの手術痕をながめるたびに思います。
明日は多分ブログ更新できないお坊さんは
0120-176-152
法要から納骨まで












































