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衣替えの季節だから、

本棚にある大量の本も、

このさい片づけようと、

中身を思い出せないしこの先、

もう二度と読まないと思える、

50冊程の本を近所の古本屋に持って行った。


「一冊10円でも500円か。

帰り道で新しい本一冊買って帰ろう。」


そう思いながら鑑定が終わるのを、

10分程古本屋の中で待っていた。


そして番号札が呼ばれて、

言い渡された額にビックリした。


「252円になりますがどうしますか?


それとこの10冊ほどは、

当店では鑑定出来ないので、

買い取り出来ないんです。


こちらで処分しときましょうか?」


他の古本屋の相場も知らないし、

10冊の本たちが可愛そうに見えたので、


「だ、大丈夫です…。」


ってささやいた。


店員さんが、


「Yes」なのか「No」なのか、

分からなかったみたいなので、

僕は手のひらを出した。


252円を受け取り、

11冊の本も持って帰って来た。


帰り道、


引き取られなかった本達を見てたら、

何だかもう一度読み返したくなった。


10年ぐらいに前に買って、

中身が難しくて途中でやめた、


「困った人たちの精神分析」


は心理学を猛勉強してる、

今の僕にとっては新鮮で面白かった。


そう。


この本達もそうだし、

「大切」は数字に出来ない事がある。


例えば、


自分にとって大事でも、

他人にとって無価値なものがある。


家族写真も僕のCDも、

手元にあるスケジュール帳もその一つ。


もし道に落としても、

親切な人以外素通りするだろう。


交番に届けないで持っていても、

その人にとっては何の価値もない。


財布や時計や携帯電話のように、

お金という共通意識のある物に、

変えられないものに赤の他人は興味を示さない。


そう言えば20代の頃の僕は、

人が羨ましがるものを結構欲しがってた。


「誰かに自慢できる事を実現させるのが”夢”だ」


って想いが強かった。


この本の中に度々出て来る、

旦那さんには本当の気持ちを、

ちゃんと言えない「ビク子」さんの気持ちが痛いほど分かる。


けど今はもう、

誰かが数字に出来ない物を、

もっともっと大切に出来るようになった。


だから目の前に居る人の、

数字には出来ない物や想いを、

大切に思えるようになった。


10年前なら、


「252円か!チェ!」


って思っただろうけど、

「0円のこの本に計り知れないものを貰った。」


って思えたらからか帰り道の、

なにげない雲の形が心から愛おしく思えた。



※上記写真:プライスレスな本達


【中古】 あなたの身近な「困った人たち」の精神分析 / 小此木啓吾

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鴨川を歩いてたら、

スポーツ新聞が落ちていた。


その一面には、


ダルビッシュ有さんの弟、

ダルビッシュ翔さんが、

野球賭博の容疑で逮捕されたと書かれていた。


社会的成功をおさめた、

兄弟や姉妹や親を持つと、

コンプレックスが人一倍強くなるのかもしれない。


そう言えば、


2008年アメリカの心理学者の、

「エド・ディーナー」氏はこんな方程式を発表した。


「幸福度=持っているもの÷望んでいるもの」


だと。


今年の年棒11億円の、

ダルビッシュ有さんが、

仮に貯金11億円だとして、

11億円の家を欲しがったら、


11÷11で1なので、


%に直すと幸福度は「100%」だけど、


貯金が100万円の人が、

同じ1億円の家を欲しがったら幸福度は「1%」になる。


たしか日本のGDP(国内総生産)は世界3位。


にも関わらず国連が発表した、

2015年度の幸福度ランキングでは46位とされた。


ちなみに幸福度1位は、

GDP20位のスイスだった。


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自分自身、


過去を振り返ってみたら、

自己嫌悪におちいった時確かに、

僕は理想を高くしてしまい、

持っているものの価値を、

低くしてしまってた気がする。


そして、


今持っているものより、

今持ってないものを、

どんどんリストアップしてた。


No No No 」って曲を作って、

自分に言い聞かせるように歌ってた。


でもそんな時期を経て今は、

東京に住んでた頃とは違い、

今持っているもの一つ一つが、

大切で愛おしく思えてる。


だからか「幸せ」だと素直に言える。


誰かと比べないと、

幸せになれない時期は済んだ。


もし僕が、

幸せの方程式を作るとしたら、


「幸福度」は、


「誰かと比べられない事÷誰かと比べてる事」


にしよう。


あっ…。


これだとこの先、

誰かと比べる事が、

一つもなくなったら、

幸福度は計測不能になってしまう。


それはそれでなんだか、

悟った修行僧みたいで、

いいかもしれない。


幸福でも不幸でもどちらでもないし、

どちらでもいいって思えたら、


きっと至福の域なのかもな。


そう思いながら、

鴨川を歩いてたら、

一匹のアオサギらしき鳥が、

青空をただ見つめてた。


なんだか、


全てを達観したかのような、

たたずまいだった


望んでるものも、

誰かと比べてる事も、

一切なくなるとあんな背中に、

なるのかもしれない。


いつの日か、


誰かと比べる事なんて、

一つもないお爺ちゃんになれたら良いな。


あれ?


これ自体が「望んでるもの」の一つか(笑)。


まだまだ先は長いな。



※上記写真:櫻井幹也(京都・中京区)

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横浜市のマンションが傾き、

その原因が「くい」の工事だと分かり、


それを行った旭化成建材が、

「くい」のデータを改ざんしていたという。


過去10年で行った、

約3000件の工事のデータにも、

改ざんがないかを調べるとニュースで流れてた。


3000件中この一件だけ誤魔化して、

それが奇跡的に見つかったとは考えにくい。


おそらくそこら中の建物が、

手抜き工事をされている。


心理学では、


「リンゲルマン効果」という現象がある。


ドイツの心理学者「リンゲルマン」氏が1913年に発表したもので、


綱引きを、


1対1でした時に、

1人が出すパワーを100とすると、


味方が増え2人になった時、

パワーは1人あたり93に減り、


それが3人になると85になり、

8人になると49にまで落ちたという。


東京の街中でそう言えばよく見た。


倒れてる人がいても誰も声をかけない所を。


自分もそれに同化して、


「これだけ人がいるから、

他の誰かが何とかしてくれるだろう」


って思い込んでしまってた。


そんな事をして、

自己嫌悪に陥った事も多かった。


だからか大きな組織に入る事を、

常に避けて生きて来た気がする。


自分が集団に埋もれると、

本領発揮できないとどっかで分かってた気がする。


人ごみが嫌いな人は

それを察知してるんだと思う。


大学を卒業して、

ミュージシャンになったのも、


去年から、


人ごみの少ない京都でフリーの、

ボイストレーナーを再始動したのも本能で選んできた。


レッスンは大半がマンツーマン。


なので、


もし満足のいく内容じゃなかったら、

この日を持って通う事をやめられる。


責任は自分に100%ある。


失敗しても誰も謝ってくれない。


講師として未熟だともちろん収入に響く。


緊張するけど一回一回が、

音楽のライブと一緒で、

目の前の人に一番最適な方法で、

伝えたり教えたり導いたりしようって思えてる。


ベストをつくした結果、

笑顔になって帰って貰えると、

こっちも心から嬉しくなる。


「自分が手抜きしても、

何処かの誰かさんが何とかしてくれる…」


そう思う人が増えれば増える程、

集団は傾いていく。


個人もそんな気持ちが大きくなれば、

少しずつ道をそれていく。


あの歪んだ横浜のマンションは、

あの会社の心理を象徴してる気がする。


100年も前から言われてる、

人間の根本的な「おごり」を、

一流の大学を出た人達が集まった、

一流の企業でも中々出来ない。


だからこそ、


どんなに忙しくても、

目の前の人を認めて、

そして認められて、

繋がり続けたいと思って、

繋がり続けたいと思って貰えるよう、

今日のレッスンもアイデアを振り絞って、


「手を抜かず」



「ひと手間加えたい」。