20150903b


新国立競技場のデザインも、

エンブレムのデザインも白紙になった。


テレビは連日それを報じてる。


オリンピックを今まで、

見に行った事がないような人達、

もちろん出た事もない偉いさん達が、

不機嫌な顔で記者会見をしている。


お金の話を延々としている。


そう言えば2年前の、

オリンピック招致の時に、

こんなポスターがあった。


改めて読んでみた。


「オリンピック・パラリンピックは夢をくれる。

…経済に力をくれる。」


その後の文面にはこうもあった。


「復興と戦う今、

未来とも戦わなければいけない」


このコピーを採用した人達が今、

むしろ国民からのバッシングと戦い、

経済的損失から復興しなけれはならなくなってる。


皮肉ではなく彼らの、


「夢=金儲け」で、


そして、


「夢を叶える為には、

未来と戦わないといけない」


という思考回路が招いた結果だと思った。


だって、

「戦う」って事はもちろん「敵」がいる。


って事はこの人達の頭は、


お金儲けというのは、

誰かにより良いサービスを、

提供して感謝されて「味方」と共に満たす事、


というより、


あらゆる手段を取って、

財布を出す気になるよう促して、

シメシメってほくそ笑む「敵」を騙すという発想なんだろう。


一時流行った、

「金持ち=勝ち組」も、

こういう人達が作った言葉なんだろう。


「勝つ人」が居るという事は「負ける人」がいる。


となると、


夢も未来も、

人から奪わないと手に出来ない。


そう思う人達にとっては、


夢が叶わない人が多ければ多い程、

自分の夢が叶う確率が上がる事、


貧乏になる人が多ければ多い程、

自分の懐が潤って行く事が、

もはや常識なんだろう。


コピーにあった、


東北の「復興」も一体、

誰と戦わなければならないのか僕には分からない。


また先日ニュースで、


バルセロナ五輪銀メダリストの、

「有森裕子」さんが色んな問題に対して涙されていた。


招致した人の中や、

今の色んな組織の中に、

スポーツへの敬意を持ってる人達が、

どれだけ少ないかを象徴してる気がした。


オリンピックは1980年に、

立候補する所がゼロになったらしい。


それぐらい莫大な予算が必要になる。


それが1984年ロサンゼルスオリンピックで商業主義に舵を切った。


スポンサー集めなど、

「金儲け」を堂々としても良くなった。


招致段階でロビー活動やら、

いかにライバルに勝つかが更に問われるようになった。


僕のいた音楽業界にも感じられたけど、


多くの人の欲望をそそれたら「勝ち」。


そうじゃなきゃ「アウト」。


そういう、


二元論的発想が当たり前で、

僕もそれに染まりそうで自分が怖かった。


プロとして生活を維持しなくちゃいけないから当然。


それは確かに正しい。


でも商品を求める人やファンを、

「敵」と見てたら米兵みたいに、

PTSDに近い状態になってしまった。


そんな経験をした今、

僕はこう思うようになった。


どんな時も戦わないという手段を取ろうって。


矛盾した言い方だけど、


「戦わないという戦略」を出来る限り取ろうって。


日々の向上心はただ、

昨日の自分と比較するだけ。


環境も才能も違う人と、

比べて争わないようにしようって。


「お金を沢山貰えるから好きになる」


って人より、


「好きな事をして対価としてお金を貰う」


って人を自分の関わる世界に、

一人でも増やしたいって。


そう思うようになった。


今指導させて貰ってる、

6歳の子から60代の方にまで、

その想いを僕は今日もレッスンで伝えたい。


理想だけど少しでも、


「競争」ではなく、

「共生」を目指して。

20150903a


ボイストレーニングを始めて、

二ヶ月程経つとこういう事を言われる事が結構ある。


「昨日カラオケに行ったんですが、

歌い方が分からなくなりました…」


って。


そしてその言葉を聞くと、

僕はひとまず安心する。


人が困ってるのが好きな変態とかじゃない。


ただ僕も14年前同じように、

そのような経験があるから、

第一段階をクリアされた事が嬉しくなるだけ。


生徒さん同様僕も、

ボイトレをする前から歌を、

カラオケやライブハウスや路上で歌っていた。


歌い終わった時喉が、

痛くなる事が多かったし、

音程が自分でも悪い事が、

なんとなく分かってたので、

ボイトレに通おうとある時決断した。


でも習い始めて数ヶ月間、

ずっと歌い辛さを感じていた。


それは歌ってる最中、

先生から教えられた事が、

グルグル頭をよぎったから。


正しい姿勢を作れてるだろうか。


お腹で呼吸出来てるだろうか。


口の奥は縦長に開いてるだろうか。


守護霊のように先生が、

ずっと横で見ている感覚が、

「行動」し辛くて最初は苦手だった。


でも今なら分かる事がある。


それはあの時期、


「歌う事に集中出来なくなってた」んじゃなくて、


「"今までの歌い方"に集中出来なくなってた」んだって事に。


誰かに教わるという事は、

新しく変化する事だと知った。


って事は今まで大事にしてたものを、

殆ど捨てなくちゃいけないという事だと知った。


なので生徒さんが、

「歌い辛い」という「葛藤」してる姿を見ると、


「嬉しいですね!」


って僕は生徒さんに言ってしまう。


するとみんな、

「困り笑い」とでも言うような不思議な表情をされる。


「困る」んじゃない。


半分「笑み」がふくまれる「困り笑い」。


それを見ると僕は嬉しい。


だってそれは、


「この人はもしかして、

この先の展開を知ってるのかも」


っていう、

芽生え始めてた「疑い」の眼差しから、

「信用」の段階に移って「半信半疑」に、

なって貰えてるって事だと思うから。


初対面の時に「信用度0」だったのが、

50%の半分まで来て貰えた事に、

毎回素直に感動する。


そして次のステップの、

以前の歌い方を徐々に忘れて貰う事を徹底する。


NLPという「神経言語プログラミング」では、

それを「ニューロロジカルレベル」と言う。


「ロバートディルツ」博士によって生み出された概念で、


簡単に言うと、


「思ってる事」と、

「やってる事」と、

「言ってる事」を一致させ、

充実感を得る一つの方法って感じ。


14年前の僕で言うと、


ボイトレに通うという決断をし、

「環境」を変えた時先生から、

「行動」を変えられるよう促された。


そこで一時期抵抗してたけど、

少しずつ人を信用する事を覚え、

家族以外の人への疑いを減らし、

沢山の事を吸収しようという気持ちになって行った


すると次の段階の、

「能力」が徐々に変わって行った。


けど抵抗してる頃苦しくて、

僕はボソっと先生に聞いた事がある。


「個性がなくなる気がするんですが…」


今は逆に生徒さんにもたまにそう聞かれる。


けど、


経験して来たからこそ僕は、


「その個性の無くし方自体が、

みんなバラバラなんですよ」って言って、


又違う種類の不思議な「笑い」を浮かべて貰う。


そう。


今の僕がそうなったように、


個性の無くす過程はみんな個性的だし、


個性が無くなった後の姿も他の人とは似ていなかったりする。


他人に何回か言われたぐらいで、

なくなる程個性はやわじゃないって思う。


消そうとしても何度も、

現れて来るものや、

新たに出て来るものこそ、

「本当の個性」であって、


簡単に消えて行く個性だと思ってた、

「個性まがい」のモノはただの、

誰かの物真似でメッキだと思う。


なので個性的だと思ってた、

そのメッキを一つずつ外して貰えたら、

ようやく本格的なボイストレーニングが始まる。


その人から出て来た個性達を、

グングンと伸ばしてあげる事が始まる。


独学では辿り着けない場所へ、

僕はグイグイ引っ張ってあげる。


同時に僕も見た事のない所へ、

連れてって貰う。


だから今日のレッスンも、

みんながどうなるか予想してワクワクしてみる。


そしてその予想以上の展開になるよう、

「外れる事」も同時に期待して更にワクワクしてみる。

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20150828a


大人になって初めて、

サーカスを見に行った。


うっすらと小さい頃に、

行った記憶はあるけど、

入り口で並んでる風景以外覚えていない。


なので人生で初めてのような気持ちで、

子どもと一緒にワクワクして門をくぐった。


中に入ると朝の10時半だと言うのに、

沢山の人がもう席に座ってた。


ポップコーンを食べる男の子。


両手を広げて綱渡りみたいに片足で歩く女の子。


みんな興奮を隠しきれない。


席に座ってたら売り子さんが、

ピカピカ光る棒を販売してるのを、

娘が見つけ「あれ!」って指さした。


1000円もしたけど、

色とりどりの光があった方が、

もしかしたら何十年後に、

思い出せるかもしれないな、

って思って買ってあげた。


すると隣に座ってた女の子も、

お母さんに駄々をこねる。


そして同じのを買って貰ってた。


見知らぬ二人で、

光る棒を振って笑ってた。


ピエロ2人が登場し、

ひざの上の娘と一緒に拍手をする。


ピエロはおどけて会場の笑いを誘う。


娘はいちいち後ろを振り返って、

僕と目を合わせて笑う。


シマウマやキリンや象やライオン。


様々な動物が芸をする。


空中ブランコや綱渡りやジャグリング。


少年のように一つ一つにドキドキした。


途中で前の席のお父さんが、

ピエロに連れられ会場の真ん中で、

空気椅子をさせられてた。


娘さんは自分のお父さんが、

主役になったのが嬉しくて、

ジャンプしながら声援を送ってた。


後ろの席ではお祖母さんとお孫さんが、

歓声をあげながら手を叩いてた。


最後は出演者全員が登場し、

僕らに手を振ってくれた。


終わって会場を出たら、


「今度はおばあちゃんと来ようね」


そう娘は言った。


「そやね!」


僕は手をギュッと握った。


突風が吹いて来た。


目をつぶった。


30年前の自分に一瞬戻った。


今繋いでる手が母親みたいな感覚になった。


きっと僕も初めて、

サーカスを見終わった後、

スキップをしながら両親に、

同じような事を言ったんだろう。


そして手をつないでたのかもしれない。


僕は駐車場で両手を広げた。


綱渡りのポーズをして歩いた。


娘も後から同じポーズで付いて来た。


落ちないように、

ただただ前を見て僕らは歩いた。


ピエロみたいに僕は無言で、

肩をすくめた。



※上記写真:櫻井幹也(京都・伏見)