たぬきケーキと三八市。調べたら115年前までさかのぼった
おはようございます。
先日、可愛いケーキを食べた。
たぬきケーキ。
見たことのない、なんともひょうきんな表情に顔が緩んだ。
しかも、一つ一つ顔が違う。
ちょっと笑っているようなたぬき。
すました顔のたぬき。
「なんか文句ある?」と言いたげなたぬき。
手作りならではのケーキだ。
このたぬきケーキを作っているのは、
直江津の三八市が立つ通りにある「山川菓子店」
さて、このケーキ。
どうやって食べればいいのだろう。
頭から?
それとも、お尻から?
いやいや。
そんな問題ではない。
この顔を見ながら、食べれるか?
しばらく、たぬきと見つめ合う。
……。
ごめん。
食べる。
そして、頭からかぶりついた。
ものすごいパリパリのチョコレートを突き破ると、そこには生クリームの海が広がっていた。
あぁ。直江津の磯の香りがする(→嘘)
パリパリのチョコレートを歯で割りながら食べていると、ふと思った。
そういえば、このお店の通りにある「三八市」って、いつからあるんだろう。
直江津に住んでいると、三八市は昔からあって当たり前。
朝市名物、どら焼き。
3と8のつく日に市が立つ。
子どもの頃から知っている風景だ。
でも、いったいいつから?
気になって調べてみた。
すると――三八市が始まったのは、今から115年前。
明治44年(1911年)のことだった。
ただ、調べてみると面白い。
三八市は、最初から「三八市」だったわけではない。
開設当初は、なんと5と9のつく日に市が開かれていた。
それが翌1912年から、3と8のつく日に変更された。
以来、100年以上。
今も3と8のつく日に市が立っている。
さらに上越の朝市の歴史をたどってみると、
直江津より一足早く、高田でも市が始まっていた。
明治43年(1910年)10月7日。
高田に駐屯していた陸軍第13師団から
「兵隊に新鮮な野菜を食べさせたい」という要望があり、現在の「二・七の市」が誕生した。
その翌年、明治44年(1911年)5月。
今度は直江津で市が始まった。
当時、新橋区と呼ばれていた地域の実業青年会が、
町の商売を盛んにしようと「新橋区青物市場」を開いた。
これが、現在の三八市の始まりだ。
高田は、城下町〜軍都として発展した町。
直江津は、港や鉄道とともに商業が発展した町。
ひぐちキミヨさんの絵葉書
同じ上越市になった今でも、
高田と直江津では、なんとなく町の空気が違う。
人の感覚にも、ちょっとした温度差があるように感じる。
こうして歴史をたどってみると、
100年以上前から二つの町は、それぞれ違う役割を持って発展してきたんだなと思う。
ちなみに、りそら整体院があるのは直江津。
海があって、鉄道があって、商売の町として栄えてきた直江津で、今日もひっそり営業している。
三八市ほどではないけれど、こちらも末長く続けていきたい。
このブログを書いた人はこんな人です
エルマール2階で営業中
お客様へ重要なお知らせ
10月1日より、整体コースの価格を
改定させていただく事となりました
従来価格から一律¥100の値上げとなります
整体コース以外(足裏、オプション等)は
変更ございません
ご迷惑をおかけいたしますが
何卒よろしくお願い申し上げます
りそら整体院 院長 京谷明弘 奈緒美
それでは明日の7時03分にお逢いしましょう!















