【舞台】皿の裏(2015) 阪清和(エンタメ評論家/インタビューアー) | Rising Tiptoe

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 体に良いのか悪いのか、比較的はっきりしているものが多い中で、砂糖だけはいつまでたってもどちらなのかが分からない。糖分は良くない、太るなどと悪者にされる一方で、頭の回転速度を上げるには砂糖を摂らないとどうしようもないなどと言われるのが常だ。ようは適量が一番ということなのだろうが、こうした体への影響がよく分からない砂糖をめぐる物語にしたことで、演劇企画集団「Rising Tiptoe」(ライジング・ティップトー)を率いる劇作家・演出家、宇吹萌(うすい・めい)の新作舞台「皿の裏」は、とても説得力のある物語になった。同時に、時の権力者や優位に立つ者たちの信じ込ませ方一つで真実がいくらでも隠され、庶民たちは国家的な陰謀の道具にまで成り下がる恐ろしさも強く感じさせる。シュールな設定をものともしない登場人物たちのおかげで、一見ほのぼのとしたムードも漂う作品だが、物語の構造的な企ても隅々に施されていて、油断ならない。

★舞台「皿の裏」の一場面(撮影・Rising Tiptoe)



 当ブログでは既に宇吹の舞台作品の劇評を2作(「名もない祝福として」「花売りのくしゃみ」)掲載しているので、読者の方もよくご存じだとは思うが、演劇界の注目クリエーターの一人である宇吹の名と来歴をしっかりと覚えていて損はない。初めての方のためにも、再度紹介する。
 宇吹は、慶応大学を卒業後、大学院に進み、演劇を専攻。2002年から文化庁の派遣制度でニューヨークに2年間留学し、帰国後、「Rising Tiptoe」(ライジング・ティップトー)と名付けた演劇企画を立ち上げた。所属俳優はわずかで、基本的には毎公演ごとに役者を集めるプロデュース型の公演を続けている。
 シュールな会話、現実とほんの少しだけ違う不思議な舞台設定、ファンタジックなストーリーテリング。宇吹が手掛ける装置や衣裳の魅力とも相まって、妖しく、それでいて人々の生活感覚に近い親しみやすい人物造形が多くのファンを惹きつけてきた。慶応出身の優れた戯曲創作の新人に与えられる「N氏賞」の2002、2005年の佳作を受賞するなど現代詩詩人としての才能も、舞台に色濃く反映している。演劇でも「THE BICH」で2013年に第3回宇野重吉演劇賞優秀賞を受賞している。

 Rising Tiptoe #17となる舞台「皿の裏」は、近未来を舞台にしたSFのようなおもむきでわたしたち観客の前に登場する。と言っても最先端の機械は何も出てこない。むしろ文明が退行したかのような状況である。向こう岸には砂糖があふれているのにこちら岸には砂糖がない。
 物語はこちら岸の主に3つの場所で繰り広げられる。一つ目は、砂糖がないために、食品に奇妙な動きを与えたり、言葉で褒めそやして甘くするという、にわかには信じがたい作戦が実行に移されている工場。そして二つ目は水不足で廃業の可能性も出てきたクリーニング店。そして三つ目は、夢の新薬の治験が行われている研究所だ。
 みんなこの砂糖がないこちら岸の社会のゆがみが如実に表れている場所。抗うでもなく、なにか大きな存在によってコントロールされているのかもしれない状況に自分をならしたり、したたかに生き抜いていく道を必死で探っているような人々だ。

 向こう岸に対する思いは一様ではないが、これは明らかな支配構造。工場の作業のほうびとして砂糖が与えられることも、治験参加者によるディスカッションでまるで酒や麻薬のように砂糖を中毒性、依存性のある物質として毛嫌いするのも、なにかがおかしい。
 後半は一気にこうした欺瞞が崩壊へと向かっていくが、やはり恐ろしいのは、人々の欲望の対象となるものをにぎることによって、支配の構造を作り上げていく大きな存在のダークさである。
 現代人ほど欲望にからみとられている人間もいないわけだから、文明がどんなに進化しようと、人間そのものはますます弱々しくコントロールされやすくなっていくのだ。

 宇吹は何もそんな未来社会の全体主義的発想ばかりを強調しているのではない。例えば、危機に陥ったときの人々のふるまい、社会との向き合い方、そんな人間たちの笑いたくなるほどの悲しげなおかしみなど、人々の営みそのものにも表現者としての目を向けている。これまである種突き放したようなポーズでいながら、その奥には人間存在に対する愛おしいまでのまなざしが存在していた宇吹の筆致が、今回はまさにぴたりとはまっていると言えるだろう。

 そして今回もまた宇吹の美的感覚が舞台を二倍にも三倍にも輝かせている。舞台の上手と下手前方にしつらえられたオブジェは、舞台で繰り広げられる人間の悲劇と喜劇をどこか超然とした立場で見守っているような気にさせてくれる。

 今回も従来と同様に、統一キャスト9人以外の役柄はWキャストで2つのチームが演じている。毎回ユニークなチーム名がつくが、今回は砂糖がテーマで調味料つながりか、「塩」チームと「酢」チームだ。
 統一キャストは糸山享史朗、大場結香、川手ゆき子、高野亜沙美、田邉淳一、尾留川美穂、森下庸之(TRASHMASTERS)、守谷美紗央、山田健介。
 そして塩チームは、寺田ムロラン、星野哲也、水上亜弓、鍋島久美子、室田渓人(劇団チャリT企画)、小池優子、御影みお、松本勇、岡村惇裕。
 酢チームは、大沼竣、兒島利弥、丸子聡美、上村公臣代(T1project)、高田堅介、田中智子、小張友紀子、服部寛隆、依田玲奈

 舞台「皿の裏」は、7月14日まで、東京・下北沢のザ・スズナリで上演される。本日までです。

 上演時間は、約1時間30分(休憩なし)。

 なお、次回作はタイトル未定の新作で、2016年2月24~28日に東京・池袋の東京芸術劇場シアターイーストで上演されることが決定している。