団地での生活
小さな頃から大勢で遊ぶ経験はとても良かったし、楽しかった
〜〜〜〜李信5歳、6歳〜〜〜〜
この頃は幼稚園に通いながら家に帰っては団地で遊ぶ日々だった。
俺は物心ついた頃から少し変わっていた。
子供は泥遊びが大好きだと思うが、俺は凄く冷めた目で見ていた。
汚れたくない、汚したくないという思いから土に手で触れない、しゃべるも汚れるこら使いたくなかった。
仲良くなった圭介君や他の子達は泥遊びしていた。
団体での遊びは上は小6下は4歳くらいまでで野球をしたり、ドッチボールをしたり、※1、点取りをしたり、※2、無視したり、ケイドロ(ドロケイ)をしたり、鬼ごっこしたり、本当に色々(他に100種類くらいある笑)あるけど、色々した。
※1、点取りとは、、、説明が難しい笑、なので一緒にやりましょう笑笑
※2、無視とは、、、2人ボールのキャッチボールをしてる間を他の人が当たらないように駆け抜ける遊びです笑、これも説明よりも一緒にやったらわかる笑
この頃は下っ端でよく分からず遊んでいたし、先輩達の駆け引きなど(所詮子供がやる駆け引きだから全然凄くない笑)学んだ。
動き回り、走り回る子供で、涙もろく、シャイな子供。
と同時に当時はファミコンが流行っていて、家に帰って家族とファミコンをした。
楽しかったと思う。
一方幼稚園は、シャイすぎて初めて教室に入るのに中々入れず、ずーっと外でウロウロしていたのを覚えている。
怖い
漠然とした恐怖に支配されていた
この頃は熱を出したりしてよく幼稚園を休んでいた。
夜、ゲロを吐きながら、親と共に緊急病院によく行った、病弱なところもあった。
こんな子供だった
〜〜〜〜李信6歳、7歳、8歳〜〜〜〜
とある産婦人科
ワムのラストクリスマスが流れあたりは平成最初のクリスマスモード一色となった季節。
『オギャー、オギャー、オギャー』
弟が冬の陰極まる時に産まれた。
僕は初めて『お兄ちゃん』になった。
小学校に入り、弟も出来る、僕は徐々に団地でリーダーシップを発揮しだした。
体調も嘘のように風邪を引かなくなった。
年上達が僕を君付けでちょっと距離をあけて呼んでくる。他の子は呼び捨てされていた。
どこか年下らしくない何かを持っているのと、どこか心に壁を無意識に作っているのを相手が察知してそうしていたのだろうか、そこはよく分かってない。
と同時に持ち前のシャイで内気で涙もろさは兼ね備わっていた。
忘れもしない8歳の小学校での出来事
今でも忘れる事が出来ない
続く