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あるヨギのブログ

インドに行き初めて30年で名古屋でインドの伝統的な瞑想法、マントラ、ニャーナ・ヨガ、ダッタ・サンプラダヤ、タミールシッダンタ・ヨガ等を教えています。
プロフィール↓
https://ameblo.jp/rishijnana/entry-12837332398.html






前回の続きで、

彼とマハアヴァター・ババジ大師の物語は、単なる師弟関係を超えた「魂の再会」として描かれています。


特に、その出会いと別れは彼の人生において最も劇的な転換点となっています。





​1. 運命の出会い:ヒマラヤの「沈黙」の場所


彼が若き頃、深い精神的な飢えを感じ、真理を求めてヒマラヤの奥地へ足を踏み入れた時のことです。



  • 予期せぬ遭遇: 彼は道に迷い、飢えと疲労で極限状態にありました。ある雪深い場所で、彼は**「時が止まったかのような不思議な静寂」**に包まれます。そこで、光り輝くような姿のババジ大師と初めて対面しました。


  • 言葉を超えた対話: ババジ大師は言葉を交わす代わりに、鋭い視線を彼に向けました。彼はその瞬間、自分の過去、現在、そして未来のすべてがババジに見透かされていると感じ、激しい衝撃と共に深い平穏に包まれたと語っています。この瞬間、彼は「自分が探していたのはこの存在だった」と悟り、弟子として受け入れられることを乞いました。




​2. 修行中の重要な場面:洞窟での「光の伝授」


​修行期間中、最も象徴的なエピソードとして語られるのが、洞窟内で深夜に行われた**「シャクティパット(エネルギーの伝授)」**です。



  • 境界の消滅: ある極寒の夜、ババジ大師は彼に「自分の体という感覚を捨てよ」と命じました。彼が瞑想に没入すると、周囲の洞窟の壁が消え去り、自分自身が広大な宇宙空間の一部であるかのような感覚に陥りました。その時、ババジ大師の手が彼の眉間(第三の目)に触れ、強烈な光が全身を突き抜けるような体験をしました。


  • 「触れる」ことの覚醒: この体験が、彼の手に「癒やしの力」を定着させたと言われています。彼自身が後に「私の手はただの肉体ではない。ババジの波動を届けるための通路になった」と証言した決定的な場面です。


3. 最後:洞窟での別れ


修行が終わり、彼が下界へ戻ることを告げられた時の別れは、非常に簡潔で、しかし深い意味を持っていました。



  • 別れの場所: ヒマラヤの山頂近くの岩場で、二人は静かに向き合いました。ババジ大師は彼の肩に手を置き、こう告げたとされています。
    ​「今からお前は、人々の元へ帰りなさい。私の教えを説くのではなく、私から授かったその『愛と癒やし』を、苦しんでいる人々の体に、そして魂に分け与えるのだ。それがお前の修行の完成である。」

  • 消え去る存在: 彼が一度視線を落とし、再び顔を上げたとき、そこには誰もいませんでした。ババジ大師は煙のように、あるいは光のように姿を消しており、彼はただ一人、ヒマラヤの冷たい空気の中で、ババジの「愛」が自分の内側に永遠に留まっていることを確信したといいます。






    ​この物語がプネーの人々に与える影響


    ​これらの場面は、プネーの信者たちにとって単なる神話ではなく、**「日常生活の中で、自分自身もババジの光(癒やし)を体現できる」**という希望の証となっています。



    ​特に「別れ」の際のエピソードは、多くのプネーの信者にとって、**「聖地(ヒマラヤ)に行かずとも、自分の家で静かに手を合わせ、愛を込めて人に接すれば、そこが洞窟と同じ聖なる場所になる」**という教えの根拠として非常に大切にされています。




    ガンディーやインド初代大統領ネルーへの癒し



彼がヒマラヤでババジ大師から受け継いだ「神聖な触れ(Divya Sparshi)」を、どのように現実社会の激動の中で応用し、マハトマ・ガンディーやジャワハルラール・ネルーといった歴史的指導者を癒やしたのか。そのエピソードは、彼の「現実での修行」の真髄を物語っています。


​1. ガンディーとの出会い:沈黙のエネルギー


彼がマハトマ・ガンディーと出会った当時、ガンディーはインド独立運動の過酷なプレッシャーと心労により、深い疲労と胃腸の不調に悩まされていました。



  • 施術の光景: 彼はガンディーに対し、特殊なマッサージである「サンヴァハン(振動療法)」を行いました。特筆すべきは、彼が施術中、一言も言葉を発さなかったことです。

  • 「触れる」ことの奇跡: 彼はヒマラヤで学んだ「思考の停止」を体現し、自分の意識を無にしました。ガンディーは、彼の手に触れられた瞬間、これまで感じたことのない深い静寂が体中に浸透していくのを感じたといいます。「言葉による説得」ではなく「身体的な平穏」こそが、疲弊した指導者には最も必要な処方箋でした。ガンディーはこの体験を通じて、彼の深い精神性に全幅の信頼を置くようになりました。


​2. ネルーと国家の重圧


​初代首相ジャワハルラール・ネルーもまた、インド独立後の国家建設という巨大な責任の中で、極度の神経疲労に直面していました。



  • エネルギーの調和: ネルーは合理主義者でしたが、彼の施術を受けると、頭脳がフル回転して休まることのない状態から解放され、明晰な思考を取り戻すことができました。

  • 社会的影響: 彼は政治の場に介入することはありませんでしたが、ネルーの精神的なバランスを整えることで、結果的にインドの国家運営という「公の仕事」を影から支えていたのです。彼にとって、**「国の指導者を癒やすことは、国民全体を癒やすことと同じである」**という信念がありました。


​3. なぜ要人たちは彼を求めたのか?


沢山の人たちが彼を求めた理由は、単なる「治療」ではなく、**「魂の休息」**だったからです。



  • 権力からの解放: 権力の頂点にいる人々にとって、利害関係なしに純粋なエネルギーを注いでくれる存在は皆無でした。彼の手は、彼らから「政治家」や「革命家」という仮面を剥ぎ取り、一人の人間としての「生」を取り戻させる場所だったのです。

  • 「動くアシュラム」として: 彼は特定の場所に留まらず、必要とされる場所へ向かいました。彼自身が「動く洞窟(アシュラム)」であり、どこにいてもババジ大師の波動を保持していたため、彼が訪れる場所そのものが、聖なる空間へと変容しました。


​4. 現代への示唆


彼のこの活動は、現代の私たちにとっても重要な教訓を残しています。



  • 「奉仕」が修行である: 彼は洞窟での瞑想で得た力を、自分の修行のためだけに使いませんでした。その力を「人々の苦しみを和らげる」という社会的な貢献(カルマ・ヨガ)に直結させたのです。


  • 日常生活での「触れ合い」: 家族の背中を撫でたり、苦しんでいる友人の手を取ったりする何気ない動作に、もし私たちが「自分というエゴ」を消して無心で接することができれば、そこにもババジ大師が教えた「神聖なる癒やし」が宿る――それが、彼の生き様が伝えているメッセージです。


彼の物語は、インドの歴史を塗り替えるような壮大な局面でも、あるいは隣人をケアするような日常の局面でも、「ババジの光をどう通すか」が人生のすべてであるということを証明しています。




彼を通じて、ババジ大師がガンディーやネルー大統領を癒していたのには不思議な導きを感じます。






 

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