(63)カラナパットゥ・カンダサミィ・ピッライ
カラナパットゥ・カンダサミィ・ピッライは、学者であり音楽家でもあった。
彼は、めまいで悩んでいた。
薬や治療は効き目がなかった。
彼は、スワミの恩寵を求めた。
スワミは、彼を無償の愛と祝福のまなざしで見ると、病気が治るように、聖灰を与えた。
また、彼がスワミの弟子となり、適職が与えられると保証した。
病気は治った。
カンダサミィは、忠実な献身的な弟子になったので、スワミは彼の人生と栄光を歌うことを(彼のサーダナー(精神的修行)の1部分として)認めた。
カンダサミィは、ジーヴァ・カルンヤ(jeeva karunya)の彼のメッセージとサンマルガ運動の理想を、文学や歌やバジャン(Bajans(集会での献身的音楽))を通して広げ始めた。
スワミの恩寵によって、彼は詩を作るためのインスピレーションを得た。
彼は、スワミの一生に関する詩やキルタン、スワミを賛美する愛と献身の歌の数々を書いた。
そして、スワミの作品すべてを1巻にまとめ、1924年に出版した。
真実に基づき、スワミの生涯に起きたいくつかの出来事を、この本に記載している。
それらは、スワミと共に行動し生活した信者や弟子たちから個人的に集めたものや、彼らのノートに書かれていたスワミに関する情報を記録したものだった。
カンダサミィは、彼の「アルッパ・ボリューム(Arutpa volume)」の出版にあたり、情報を与えてくれた人々への謝辞として彼らの名前を書いている。
(64)プルショッタマ・レッディア:スワミの付き人
スワミが、メットゥクッパム村のシッディワラガ寺院に滞在中は、数日間シュッダ・シヴァヌバーヴァ(Suddha Sivanubhava)の至福を味わい、その後、弟子たちに講義をしたものだ。
スワミが、カルングクリ村とワダルールの町に住んでいた時に、彼の付き人として仕えていたプルショッタマ・レッディアは、メットゥクッパム村でも彼に仕えていた。
生涯最期の頃、スワミは砂糖水を飲んでいたのだが、それは、お湯を3/5(5分の3)になるまで沸騰させて、それに砂糖を加えたものだった。
付き人は(熱くて手では持てず)鉗子でそれを用意したが、スワミはそれが沸騰している状態で飲んだ。
付き人は、スワミが至福にひたる部屋を掃除し、聖なるランプ(元はスワミが火を灯したが)に時々油を継ぎ足したり、燃え続けるように芯をきれいに整えたりした。
ある日、彼は、いつものように仕事をするために、部屋に入ると、ちょうどスワミが至福に満たされた直後で、偶然(あるいは、むしろ神の恩寵によるものかもしれないが)、スワミの恩寵に満ちた眼と付き人の眼が合った。
すると、すぐに、付き人は高い意識の恍惚状態に入り、その状態であり続けた。
他の信者たちは、その出来事を知って驚き、プルショッタマ・レッディアに何が起きたのか、スワミに尋ねた。
スワミは、「彼をそのままにしておきなさい。彼は、自然に目覚めるだろう。」と答えた。彼は、4、5日間恍惚に満たされ心を不動に保っていたが、その後、彼は起き上がり、表に出てきた。
しかし、数か月間、彼は誰とも話さず、沈黙を保った。
この付き人は、一度、スワミに、サーダナー(解脱を目指すための精神的修練)を自分に与えて、神の恩寵を見せてほしいと頼んだことがあった。
スワミは、言った。「あなたは、私のように、謙虚です。もし、あなたがサーダナー(瞑想のようなヨガの訓練)をすれば、内なる光を受け取り、超能力(超自然的な低い超能力)を得るかもしれない。
そして、あなたはそれにうぬぼれて、破滅してしまうだろう。
だから、あなたにはサーダナーは必要ありません。
しかし、全ての生き物をあなた自身と同じように見る練習をしなさい。(つまり、全ての生き物は同等だと見る眼を養いなさい。)
そして、それをあなたの習慣にしなさい。
「全ての生き物を同様に見る資質を培った人は、本当に全能の神なのです。」
そして、プルショッタマ・レッディアは、スワミの祝福により、ワダルールを訪れる人や信者たちを受け入れる仕事を担うようになった。
彼は、愛をもって人々を暖かく優しくもてなし、ダルムシャーラ(巡礼宿)で食事や飲み物を給仕した。
全ての人に公平で、愛ある優しさと献身的で謙虚な彼の態度から、彼の良さは、多種多様ににじみ出るようになった。
とりわけ、晩年、彼が、ダルムシャーラとサティヤ・ニャーナ・サバイ寺院で何年も秘書官として働くようになったことは、その表れである。
シッディワラガ寺院で起きたこの出来事、すなわち、スワミが、神の恩寵を彼の眼に注ぎ、彼を高次元の意識にまで高めたことは、なんの驚きにも値しない。
ラーマリンガ・スワミの奇跡についての章は、これで終わりで残るは最終章のにみなります。
