つづき



駐輪所が無いと思ったら地下にあった

エレベーターで降りるのが斬新








店内はこんな感じ

オープンして1か月なので人が多い








ガーデンヒルズというだけあって緑も豊

大都会にこんなのができると地方のメリットが霞んでしまう










クリスマスマーケット

ドイツの町がモデル

ロシア大使館が近所にある







人が多くて落ち着かない

物価はアメリカ並み








外装はジェットコースターみたいな曲線

このオブジェも曲線のなんだかな~



ザツクリと一周して帰る





せっかくなので東京タワーにも寄る

隣のフリーメーソンのロッチが再開発で移転していた









帰路

飯倉は古代東海道が通り御厨があったといわれる地







常盤橋の渋沢像が消えていた

いよいよ来年から新紙幣に変わる


浅草のオレンジ通り

イルミネーション?





スカイツリー

そして

金町駅前のイルミネーション


松戸に到着


途中で足がツルもなんとか無事生還

AGHに帽子を落としてきてしまった

約65K

まだまだ走れそうです

では
















































本来は三郷側が表なんでしょうけど

流山側から徒歩で渡りました

開通式の翌日、出来立てほやほや

新しいモノ好きです





アクセスは旧流山街道の所から

車とは入口が違います

自転車は車と同じ扱いなのに、人と同じ道

片側一車線タイプ








流山名物クランク

たしかにいきなり道に出たら事故の源

でも押して降りるならクランクは無くてもいいのでは

三郷側にも変なクランクが付いていた

いる?





江戸川以外にも細い川がある

サイクリングロードはアンダーパス

土手からも橋にアクセスはできるが






今の所通行止め

料金所を通過しなければ自転車は無料になる

車道は横断できない






流山市の花は『ツツジ』

本来は10月完成予定が11月に延期

まだ完全には完成はしていない




県境境界線








車道側にある

境界線好きには確認しがち

矢印タイプ





川の上が境界線なんだけど







中州があり川が二股に分かれている

どちらかというと埼玉側の方が面積が広い

江戸川が2本あると勘違いしがち






三郷市の花は『サツキ』

皐月と躑躅は似たようなものだけど

ともに桜が咲いた次に出番がくる





三郷側もサイクリングロードから入れない

でも北側は道が下から来ている

いずれ橋が追加されるのか?





橋を下る

埼玉側の方が広々しているイメージ

土手の下はごちゃついている







料金所

ETCが一種類しか使えないのが問題に

人が2人配置






自転車は募金箱の様?ポストの様?

両替え機が無いということはおつりはない

両替の両って何時代だ




ここが表口

立派な感じはする

越谷レイクタウンまで一本道で行ける






オープン前はこんな感じ




引き返す





気になるのは反対側が途中で切れていること

ホントは2車線になる予定だったのか?

有料が終わった後の何かか?






なんだろ?この穴はと思ったら雨水孔

橋の水はどこへ行くのか?雨水道があった

下水と雨水は分別するらしい

道の傾斜も水が溜まらないように計算されている






街灯はやはりLED

街灯は車のためか?歩行者のためにあるのか?

電気料金も気になるところ

電気の配線はそれぞれなんだろうか?


戦後まもなくにできた大阪の老舗会社

戦後の復興から日本を照らし続けている

なんかすごいやん





夜にも通った

歩道が照らされている

満月とまぎわらしい





この日は自転車を置いて歩いて往復


車の数より人の方が多かった


流山橋の渋滞は穏わされるか?

脇から湧いてくる車は減ったような

急がば有料で回れ

ですかね



































柏市にある『松ヶ崎城跡』を散策

手賀沼に近く、水戸街道の通る立地

『戦国時代』のお城です





入口がよく分からなかったが

街中に案内板を見つけました

コンビニが近くにあります






お城の『入口』は大事です

敵の侵入を防ぐ工夫が見どころ

石垣はないが高台になっています





本来はあの場所に階段は無さそうだけど段差になっているのは

舌状大地を生かした地形で

手賀沼を前方に大堀川と地金掘りに囲まれています





城の全体図はこんな感じ

北の方(上)から入ってきた感じですが

本来の入口ではなかった模様


さっきの場所は『腰曲輪』と呼ばれるお城の一部



城内へ




本来は手賀沼が全望できるのだが今とは地形がだいぶ違うので想像力が必要

戦国時代の城と江戸時代の城は作りが全く違うと思った方がいいくらい

特に関東は平地が多く、石垣のない土盛の砦のようなものが主

土で成ると書いて『城』


白い天守ができたのは江戸時代になってからで
その前は黒い天守だったようです

天守ができたのは信長が造った安土城からといわれる

ここはそれより古い時代のモノ







なんもない!と思うけど『門』の跡

城内での本曲輪への入口

物見台の横に配置








『物見台』

古墳を利用している

古墳があるということは戦国時代以前から利用されていた土地

香取の内海に面していた






土塁と門と堀の防御壁

本曲輪を囲む設計


曲輪(くるわ)は、『廓』や『郭』とも書く

城郭・遊郭・五稜廓など

クルクルと囲まれているものを指す







本曲輪

ここが城の中心


基本的にこの時代は支城では寝泊まりはしない

戦の時だけ利用したといわれる

支城では籠城もしなく焼き払って逃げたらしい















内側の土塁


※土塁とは、敵の侵入を防ぐために、土を堤防のような形に盛り上げて作ったものです










外側の土塁

城の南側に位置する

『柵』とか『作』というのも城に関する

土塁の上に柵を建てたほうが高さができ

より侵入を防げる








『虎口』

城の重要な入口

ここで敵の戦力をだいぶ削る仕組みがある








『堀』

本曲輪を囲むように彫られている

初期は弓矢の届かない距離に掘れるも

鉄砲ができてから距離が変わる







西側の出入り口

虎口は2か所


北西側は宅地化される

こちら側の防御はどうなっていたんだろうか







今は公園化されているから木が多いけど

戦国時代の平山城スタイルはハゲ山だったという

火を放たれたら火事になるので必要以外には植えないとのこと






城を出る




かなりの急坂

緩いと攻めやすくなる

住むと不便なのは間違いない






まさかここから上がれるとは思わなかった

南側の大堀川がある方

近くに
成田山不動明王の金毘羅神社があるのだが見つけられず







代わりにというか『湧水』をみつけた

水があるということは『生活』ができるということだけど

お城では生活しないので意味がなさそう

でもこちら側に集落を作っていた可能性もある



当時の戦は現地到達で奪った城の物資を略奪していた

盗られまいと井戸に毒をもって逃げたなんてことも

戦国武将は思っている以上にエゲツナイといわれる












字が読めず情報がない

ここが金毘羅様??不動尊?

水と言ったら弁天様を祭りそうだけど

金毘羅は船乗り信仰に関連する

城の東南に配置されている


基本的には鬼門の位置に神社が配置されるのだが

北西には『妙見山萬松治寺』がある

妙見と言ったら千葉一族の北辰信仰


そしてなぜ戦国時代の城が城址跡が多いのか?というのは

江戸時代に『一国一城』制度になったから残っているのは少ないのです

石垣の石も関東は石が採れる山が限られているので

平野にある城は石垣が少ない




戦国時代の実態

江戸時代の感覚から抜け出さないと見えてこない

当時の地形とはだいぶ違うと思われる

資料が少ないだけにどれだけ想像ができるか

何も無い所に歴史は残る