以前から「ドーハの悲劇」という言い方が好きではない。
あれは悲劇でもなんでもない。実力がなかっただけのこと。
当事者の選手たちは、それを分かっていたと思う。
「悲劇」というのは、観客のセンチメンタリズムに過ぎない。
さらに突っ込んで言えば「悲劇」という表現には
「がんばったのに報われなかった」という甘えのニュアンスが見え隠れする。
がんばろうと手を抜こうと、強いものが勝つのが勝負。
当たり前の話である。
このドイツ大会でも、日本は必死にやったにもかかわらず
手を抜いたブラジルに良いようにあしらわれた。
屈辱である。しかし、この厳しさが勝負の世界のリアリティなのだ。
負け方の悪さもあるが、今回のドイツ大会の結果を
「悲劇」ととらえる人はいないだろう。
それは日本代表を応援するサポーターたちが
より高い結果を求めるようになったためだろうと思う。
屈辱を感じる正常さがあれば、日本のサッカーも捨てたものでもない。
中田のいない四年後に向けて前進するしかないのだろう。
彼が日本代表チームにいつも促していたように、顔を上げ、前を向いて。
【テレビ】
7:00-8:00 NHK総合 ニュース