毎日新聞のコラムに、ある脚本家の方が
テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」の
作品の質の高さについて書いておられました。
その文章では、作品の心理描写や間の取り方について
言及しておられました。その点では
脚本を書いておられる方らしい視点だなあ、と思ったのですが
高畑勲さんのオールドファンとしては、まだまだ不満。
「ハイジ」の凄さは、一言で言えば構成力と人間描写。
まず「構成力」について。
全52話約20時間の作品を作るうえで
その物語の全体像から一回一回の細部にいたるまで
とにかく緻密に構成されているというのが感想です。
例えば、この作品は全体の流れが
「山での生活」「フランクフルト」「再びアルムの山」の三部で構成され、
それぞれに明確な方向性が与えられており
それが一年間にわたる放送の長丁場にメリハリを与えています。
また圧巻なのは、フランクフルトに連れてこられたハイジが
「山を見たいという願望」「子猫」「白パン」「クララのおばあさん」などの
癒しを次々と失って精神的に追い込まれていく過程。
物語の展開が計算されつくしており、
順々にパズルを解いていくようにハイジが支えを失っていくさまは
とても残酷なはずなのに惹きつけられてしまいます。
次に「人間描写」。
当時、高畑勲監督以下の考えは
「子供のためにきちっと作った作品は、大人の鑑賞にも耐えうるものになる」
であったと聞きます。
そのとおり、というか、本当に子供向けに作ったのかと疑問に感じるほど
「ハイジ」は深い人間観に裏打ちされています。
例えば「おじいさん」。
彼は、人間不信の人であり、下の村に住む村人たちを軽蔑しています。
また村人たちも彼を嫌っており、人間関係は崩壊しています。
おじいさんはハイジを学校にさえ行かせようとせず
社会が行う教育に対しても極めて否定的です。
ハイジを連れてきたデーテとの会話などから
おじいさんの過去に人間不信に陥る「何か」があったことが匂わされますが
もちろん詳しくは語られません。
そこへ天真爛漫なハイジが投げ込まれます。
ここでのハイジは膠着した状況を激変させる、いわばトリックスターであり
それゆえにこの作品は「人間救済の物語」として読み解けるのです。
このようなことは、子供にはもちろん理解できません。
私がそのことに気づいたのも、大人になって「ハイジ」を見返してからでした。
子供向けに作られたはずの作品の中に
とてつもない要素を発見して、私は頭を殴られたような衝撃を覚えたものです。
「ハイジ」の中には、この他にも
うならされるような深い人間描写が随所に現れます。
まだ見たことのない人には、必ず見て欲しい傑作です。