井上雄彦「リアル」


完結していない作品について述べることは、したくない。

最後の最後で裏切られることがしばしばあるからだ。(笑)

しかし一方で、連載当初から圧倒的な力で読む者を捉えて離さない、

そんな作品に時々めぐり合う。

そんな時、僕はその作品を、物語の全体像を見ていないにもかかわらず

讃えたくてたまらない気持ちになるのだ。


井上雄彦「リアル」最新刊が発売された。やっと第5巻目である。

次の巻は一年後の予定。たまらない遅さである。


この作品は、とにかく画力と演出力が傑出している。

同様に画力と演出力において傑出した描き手として

まず大友克洋が思い浮かぶが、井上の作風は大友と違う。


大友が、登場人物から一歩距離を置いて冷静に描くのを得意とするのに対し、

井上はどこまでも登場人物の心に接近して描くのを好み

彼らの心の揺れを読者に再体験させようとする。

視点を例えるなら、大友は俯瞰、井上はクローズアップ、という感じである。


また、この作品を語る上で、題材を避けて通ることはできない。

この作品で井上が採りあげたスポーツは「車イスバスケットボール」。

当然、主人公たちの何名かは身体障害者だ。


障害者のことを正面から取り上げるのは

商業ベースのマンガにおいては半ばタブーである。

理由は簡単。読まれないからだ。


かつて、井上があの「スラムダンク」を描き始めた頃

バスケットボールマンガは、やはり業界では半ばタブーだった。

理由は簡単、売れないから。


だが、井上は「スラムダンク」でバスケットボールの魅力を

余すところなく描き出し、一躍スターダムに昇った。


その彼が障害者問題を描く。「リアル」を手にしたとき

彼がどのようにこの問題にアプローチするのかという

疑念とも期待ともつかない思いが、私の心を支配していた。


だが、読み始めてみると、その私の思いは簡単に砕け散った。

井上は「障害者問題」など描いてはいなかった。

彼が描いたのは、ただ「人間が生きる姿」だった。


歩行能力を失い、絶望し、自暴自棄になり

それでも目標を見出し必死に生きようとする人間の姿が活写されていた。


この世の誰もが何かに絶望し、苦しい思いを抱える。

だからこそ、そのような登場人物たちの姿に、人は強い共感を覚えるのだ。


この作品にジャンル分けなど無意味だ。

そこには、人間の姿をひたすら描こうとする井上の意志が輝いている。