前回の話の続きです。
Mr.Childrenにはまってしまった自分。しかし…
カンの良い方は、だいたい想像がついたと思いますが、
Mr.Childrenの中心的存在である桜井和寿。
私はその頃、彼の離婚と再婚の経緯を知り
大きなショックを受けました。
一子をもうけた妻と離婚し、不倫相手と再婚。
この事実を聞いて、
なお桜井の人間としての誠実さを無条件に信じられるほど
私は若くはありません。
もちろん、この事実のみを持って彼を全否定するほど
若くもありませんでしたが。
桜井が人間として誠実さを欠いているとしたら
彼が書き、そして歌っている言葉は何なのか?
そして、それに感動している自分は何なのか?
悩む私に、妻は冷ややかでした。
「なにを今更、女子高校生みたいなことで悩んでるの。」と
たしなめられました。
確かに、歌は商品です。
かっこいい言葉を並べて、どこかで聴いた旋律に乗せて
それらしいアレンジを加えれば、大衆は飛びついてきます。
心のそこからわきあがる思いを歌う誠実さを持ち合わせていなくても
嘘をもっともらしく語り、他人の曲を上手にパクる能力があれば
商品として付加価値の高い歌を世に示すことが出来るでしょう。
「そんなニセモノには釣られない。私は私の感性を信じられる。」
そう信じられる人は、本当に音楽的感性の優れた人か
または、ひたすら純粋な人でしょう。
私には、そこまでの自信はとても持てません。
(このへんについては、前々回にも書きましたが。)
結局、そういう悩みにもかかわらず、
私はその後半年以上もMr.Childrenにハマり続けました。
それほどに、私にとってこの音楽は魅惑的でした。
自分の車のCDプレイヤーからこの2枚のアルバムが外れ、
他のミュージシャンのアルバムと入れ替わったのは
ほんのここ1ヶ月ほど前のことです。
変わって聴き始めたのは、
懐かしいアルバムですが、スピッツ「Recycle」。
(これまたスピッツ自身がリリースに猛反対したという
いわくつきのベストアルバムですが)
それからスキマスイッチ、Kokiaといったアーティストも
聴き始めました。
Mr.Childrenはといえば、それ以降聴いていません。
(車には積んでますが。)
飽きたのか、それとも一息ついただけなのか、
それは自分にもわかりません。
ただ「また聴きたくなるんだろうな」という気はしています。
実は、Mr.Chilrenの音楽は、この2枚のベストアルバム以外
今でもほとんど知りません。
「Sign」も「掌」も「Hero」もまるで聴いたことがありません。
(うちはニュース以外ほとんどテレビを見ない家庭なので。)
Mr.Childrenは、私にとって
自分の思うようにならない恋人のような存在に思えます。
また近いうちに、自分の中で「第二次ブーム」が始まって
それらの未聴の曲も含めて聴きまくるのかもしれません。
彼らの音楽の誠実さに悩み、一方で魅力に惹きつけられながら。