人の営みを想う
長い歴史から見て
わたしたちが生きるたった80年
何に意味があるのだろうかと
そんなことを考えていたとき
とある家族のドキュメントを観た。
彼らは確かに歴史に名を残す人たちであるけれど
人が生まれ死んでゆくまでの軌跡の尊さは
誰も変わりなく同じことなのだと思った。
巡りゆく。受け継がれてゆく。
生きることの意味を考えているうちに
わたしたちは老いてゆく。
そうしてきっと答えも見つからないままに
その命を終えていく。
生きることの意味を考えることは
わたしには合わない。
ただ真っ直ぐ日々を大切に過ごすだけだ。
そうして大切な人を大切にするだけだ。
それがなかなか難しい。
あっという間に歳を重ねて
周りは結婚だの出産だのと
そんな年齢になってしまった。
わからないまま家族になる。
わからないまま親になる。
でもなったからには、
がむしゃらに進むしかないのだな。
心の隅で母に感謝した。
まだ真っ直ぐ大切にはできないのだけれど
できるだけ早く、
そうなる日が来るといいなと思っている。
今のわたしが母に胸を張って言えることは
あなたのおかげでわたしはこんなにも
毎日を幸せだと思える性格に育ったよということ。
ポジティブどころの話ではないよということ。
歴史に何を残すでもないのだ。
でもわたしたちが生きた軌跡は
必ずどこかに残るのだ。
少なくともわたしは忘れない。
空はいつでも青いのに
価値観が違うということより、
今までの生活の環境が違うことのほうが埋めがたい、
ような気がした。
生活の環境が価値観を築く基盤になるとも思うけれど
そういうことではなくて。
うまく言葉にできないけれど。
同じ空を見てきれいだと思い合えるだけでは
2人の距離は縮まないのだなあとぼんやり考えた。
たとえばそのときわたしが思い出すことと
同じ空を見て彼が思い出すことは
きっと全く違った種類の事柄で
今までわたしは、それが全く同じでなくても
なんとなく似た雰囲気の事柄を思い出すような相手としか
一緒に過ごして来なかったのだと思った。
だからわたしは多分、人に恵まれている。
2人きりでも、複数人でいても、
育ってきた環境が違っていても性格が合わなくても
きっとわたしが今まで得てきた人間関係においては
一番大事なところの温度がきっと近い人たちが多かった。
そうして今もそういう人たちと毎週末会っても
たとえ毎日会っても飽きないのだ。
これって実は結構すごいことなのだなあ。
わたしは自分が人が好きだからだと思っていたけれど
本当はそうではなくて
きちんと近い温度の人たちが周りに居たからなのだなあと
そんなことを思った。
ありがたいねえ、幸せなことよ。
今日もとても楽しかった。
いつものわたしの温度とは違っていたけれど
確かに今日も楽しかった。
けれどやっぱり帰り道はすこしほっとした。
ああやっと帰れる、と一瞬でも思ってしまった。
そうして最終的に、
ああいつもの人たちに会いたいなと考えた。
居心地のいいぬるま湯が
ずっとずっと側にあったらいいなと思う。
居心地のいいぬるま湯が
変わらずに居てくれたらいいなと思う。
そうしてわたしも
誰かのためにそうでありたいなと思う。
空が青くてきれいだね、の言葉が
わたしの発した通りの響きで届く相手が居ることが
とてもとてもとても、幸せなのだなと思うのです。
林檎殺人事件
大人になればそれはいずれ消えていくと思っていた。
でも変わらないね。
好きなことも、なりたいものも、やり続けていたいことも。
いつかひとつの未来が見えるものだと思っていた。
例えそれがベストでなくても、妥協点は見つけられるのだと思っていた。
でもいつまで経ってもそれができないのは
やっぱりわたしはまだまだ子供ということなのでしょうか。
だって静かな夜に歌っていたい。
音楽を聴けば踊っていたい。
机に座れば絵が描きたい。
文字を書きたい。
話したい。
話を聞きたい。
ほしいものは自分で作りたい。
誰かを笑顔にさせたい。
明るく生きていたい。
なりたいものが多かったのなら
せめてそのうち5つくらいの夢は叶えたいなと思うのです。
まあトータルで見れば2.5くらいの経験はできているのかも。
一人前とはいかなくても、小さな世界の中でも叶えられたこと。
のこりの2.5くらいは一人前にできたらいいな。


