夜明け前のうたた寝
不意打ちの登場に胸が高鳴った。
涙すら浮かんだ。
わたしはずっとそのときを待っていたのだ。
相変わらず少し上から降ってくる静かな声。
わたしはいつも、口説かれたらどうしよう、なんて
くだらない妄想で時間を潰した。
けれどそれはやっぱり取り越し苦労だったようで。
わたしが真面目なことを知っているから口説かないのだ、と
そんな風に笑って言った。
ああなるほど、と腑に落ちて、わたしも笑った。
そして少し嬉しかった。
真面目なことを知っている、と思ってくれていたことに。
なんだか夢の中にいるみたいだなあと、ゆらゆら帰り道。
目が覚めたら夢でした。
それでいいのです。
わたしは真面目だから、口説かれてはいけないのだ。
口説かれるようなことがあってはいけない。
わたしはまだまだ大人にはなれませんでした。
きっとそういうことでしょう?
一瞬の、夢でした。
ほんとうに、ほんとうに
ほんの一瞬の、
the reason is you
懐かしい人からの連絡だった。
あまりに突然のことで、
瞬時に様々な事態の予測をしたけれど
内容はとてもシンプルなものだった。
ただ、わたしがどうしているか。
今も歌っているのか。
気にかけてくれていたみたいだった。
とても短いやり取りだったけれど
わたしはとてもうれしかった。
かつては、
ただ意味もなく長い時間を共に過ごし
隣に居るのが当たり前だった存在を
今はとても遠くに感じていて
もうきっと、会うことはないのだろうなと思っていた。
会ったところで、もうわたしに用はないのだろうなと思っていた。
それでもわたしは、彼の躍進を応援していた。
いつも少し困ったように笑う儚げな彼が
それはそれは驚くほど逞しく輝く場所を見つけたことを
とても誇らしく思っていた。
だから
わたしのことを忘れていなくてうれしかった。
わたしが今も歌っているかということを
気にかけてくれていたことがうれしかった。
不意に、あの頃に戻りたい、なんて
柄にもないことを考えてしまった。
戻ったところでわたしたちはきっと
また無駄に時間をただのんびりと過ごして
大人になってからその大切さに気づくのだ。
だからせめて忘れない。
あのときの時間を。
あのときの笑顔を。
あのときの涙を。
そしていつも隣に居てくれた仲間を。
大切な時間を共に過ごしてくれてありがとう。
わたしの人生に登場してくれてありがとう。
わたしを人生に登場させてくれてありがとう。
みんな確実に自分の人生を進めている。
未だにぼんやりしているのは、わたしだけだ。
水玉のネクタイ
出会ったすべての人と続いてゆきたいと思う。
知り合い、言葉を交わし、なんらかの好意を持ったすべての人たちと
これから先もずっと続いてゆきたい。
来月異動するんですよ、と言われて
ふとそう思った。
連絡先を交換するほどではなかった人だけれど
会えば会話が弾むたのしい人だった。
犬っぽい笑顔で気さくに話しかけてくれる素敵な人だった。
わたしは彼の名前を知っているけれど
彼がわたしの名前を知っているかどうかすら怪しい。
それでもわたしは、来月から彼に会えなくなるのが寂しいと思った。
異動してしまったら、きっと二度と会うことはないのだ。
わたしの人生を左右する人ではなくても
道すがら出会った人たちをどうにかして
わたしの人生の記憶には留めておきたいのだ。
ささやかな一瞬をきらめかせてくれた人たちを
わたしは決して忘れたくないのだ。
別れは、いくつになってもとても苦手だ。



