昨日財布の中に溜まっていたレシートを処分したRieruです★
次の日のお昼まで気付きませんでしたよ、ゆめカードの500円分のレシート2枚も一緒に捨ててしまったことに。
イテテ
(ビニール手袋をしてゴミ袋の中を探しました!)
キレイな状態で見つかったレシートですが、申し訳なくて、どこのショップで使うか悩みの種です。誠にすみません・・・と呟きながら大河ドラマ『いだてん』の第30話を観ました。
やっと始まった、第10回ロサンゼルスオリンピック!旗手を務めたのは、前回オリンピックの三段跳びで金メダルだった織田幹雄選手!
7月30日に開幕しましたが、水泳競技開始は8月7日からなので、練習は今まで通り続けていました。
アメリカ海軍の演習時に聞こえる大砲の音がオリンピック選手村にも聞こえていたようで、選手村で過ごしていたまーちゃんの耳にも、スパーン!スパーン!と・・・あれ?大砲の音じゃないぞ?
興味をそそられたまーちゃんは、音のする方へ行ってみると・・・
嘉納治五郎先生による、柔道のデモンストレーション(“ファンの集い”とも)が行われている真っ最中でした。
各国の人々から拍手喝采の嵐!この時すでに、世界中に柔道(治五郎)ファンが多かったのですね。
治五郎先生:「逆らわずして勝つ!Who is next?」
まーちゃん、ポカーン。
その後2人になった時、まーちゃんは「なぜオリンピックで柔道をやらないのか?」と治五郎先生に問います。
治五郎先生:「まだ機が熟しとらんからだ。今は、陸上・水泳で様子を見つつ、水面下で普及活動をし、世界中で弟子を増やし、満を持して正式種目にする。
その頃わたしは・・・100歳をとうに超え・・・」
ズガーン!
ここで本物の大砲の音が・・・芸人さんもびっくりのリアクションをとった治五郎先生でしたが、衝撃とシチュエーションから関東大震災を思い出したようです。
問われたことに答えた治五郎先生は、反対に過去『日本泳法』(日本古来の泳ぎ方)をやっていたまーちゃんに聞きます。それを聞いた上で、
日本泳法をなぜオリンピックでやらないのか?
日本泳法と柔道でメダルを独占出来るだろ?
東京オリンピックでは、日本泳法を正式種目にしよう!
と夢を語り、東京招致を頑張ろう!と一方的に握手をして、テンション高めに去るのでした。
入れ違いに治五郎先生が去った方向から、アナウンサーの河西さんと松内さんが、肩を落としながら歩いてきます。
聞けば陸上競技の実況放送をしに会場へ向かったものの、「ラジオで実況放送されたら客足が遠のくから」という理由で、アメリカのオリンピック組織委員会から追い出されたらしいです。
日本(しかも日本語)で放送するのに、そんなバカな!って感じですが、例外は認められず・・・
仕方がないので競技後に現地スタジオ(KFI放送局)で結果を伝えようという結論に。
ただ結果を伝えるだけなら新聞に勝てませんな・・・と、まーちゃんに指摘されます。
新聞社へ情報は驚くほど早く伝わっていました。しかも写真付きです!
写真入手はアメリカメディアと契約しないと無理で、朝日はフォックス、毎日はパテー、他社はまた別の会社と。それだけではなく、日本からの特派員をクルーの一員に加えてもらったり、日本用に写真を撮影してもらったり・・・それが『洋上作戦』と呼ばれる方法(写真を梱包→日本近海の太平洋上で吊り上げ→飛行機で陸まで運ぶ)ですぐに現像されて新聞(ニュース映画にも)使われました。
この現実に、ラジオはどうするの?と新聞に負けないためにどうすればいいのか、まーちゃんも加わって知恵を絞ります。
・・・まーちゃん、一応(←コラ!)新聞記者。
イテテ
とにかくジャーナリストとしての本能がそうさせたのかは分かりませんが、一緒に考える中で、いくつかの案が出てきます。
河西アナは競技を見たまま、感じたままを記録したものをスタジオで実況し、再現しては?というアイデアを出し、その放送のネーミングでまた彼らは悩みます。
記憶放送・・・思い出し放送・・・あたかも放送・・・スポーツ漫談・・・スポーツしゃべくり放送・・・実感放送・・・実感放送!
あっ!
まずは陸上競技場でアナウンサーが試合を観、夜7時に車で10分ほどのスタジオへ選手同伴で移動して、実感を込めて話します。
選手同伴って・・・ある意味キツいですね。好成績ならばテンション高めで出演出来ますが、逆だと拷問?
幸いドラマでは陸上男子100m代表『暁の超特急』こと、島根県出身の吉岡隆徳選手が出演していました。
『暁の超特急』に対し、『深夜(暗黒)の超特急』と(先に)呼ばれていた、エディ・トーランという黒人の選手がいました。しかも優勝候補(実際にロスオリでは100m、200m共に金メダル)!吉岡選手はこの大物(身長は170cm)とスタート練習がしたいので交渉してもらえないかと監督にお願いしたそうです。
え?いきなり何言ってんの、この人?ムリムリムリムリ!と言って相手にされなさそうですが、あまりにも熱心に頼み込むので、アメリカの陸上監督に話を持ちかけると・・・
あっさりOK!
こうして貴重な練習を重ねるうちに、実力が上がったのでしょう、オレ、イけるかも?と自信が付いたそうです。でもトーランに言った言葉が謙虚なのにしたたか!
「本番で顔を合わせることは無いでしょうが、お陰で良い勉強になりました。」ペコリ☆
それが、決勝を一緒に走るとは!そして、日本人・・・いや、東洋人初の6位入賞ですよ!1992年のバルセロナオリンピックまで、男子短距離種目の決勝戦進出者は現れなかったんですから!
その決勝戦の実感放送を聴く、朝日新聞社の面々。約10秒の競技に約1分も時間を使い、熱く実感を込めて語ったのでした。
吉岡選手のタイムは10.79。優勝したトーラン選手は10.38・・・え?ほとんど同じタイムじゃない?
・・・と、スポーツど素人女が申しております。
イテテ
(m(_ _)m)
ドラマでは扱われませんでしたが、コーチを兼任していた例の織田幹雄選手は12位に終わりました。春先に脚を傷めていたのですが、完治しないまま参加されたようです。
しかし三段跳びで金メダルを獲った人物がいました。名は南部忠平選手!そして銅メダルの大島鎌吉(けんきち)選手ら(織田選手も入れて)3人は、同じ郷里(大阪の千里山)でもあり、関西大のグランドでよく一緒に練習していた仲だったとか。
驚いたのは試合の4日前に選手村のガス風呂が爆発(!)して、両手脚と腹部を大火傷したので棄権するよね?と思いきや、本番の朝に包帯を取って出場した大島選手!それなのに銅メダル!
・・・大火傷したところに、砂が付きませんでしたかね?
イテテ
(大火傷しなかったら銀メダル?いや、もしかしたら・・・)
あと、日本は朝鮮と台湾を併合していたので、メダルが狙えそうな選手も参加していました。
マラソンといえば金栗四三さんでしたが、時代の風は朝鮮出身の金 恩培(キム・ウンベ)選手と権 泰夏(クォン・テハ)選手に吹いていました。
島根県松江市出身の津田晴一郎さんはコーチを兼任していた選手で、2人に“30kmまでは自分がペースメーカーになるから自分の前を走るな”という作戦を伝えていたにもかかわらず、10kmを過ぎた頃から権選手だけ『お先に失礼』パターン。
彼には前半からハイペースで!という信念があったのですかね?
(金選手は未公認だけど世界新記録まで出していたそうです)
そのままメダルを撮ればカッコ良かったのですが、権選手は9位でした。
しかも津田選手が2人を上回る5位って!(金選手は6位)
「ペース配分って大事だよね。30kmぐらいまで体力を温存して走ると、もっと上位に入れていたかもしれないね、次は頑張ろうね!」とか爽やかに常心を持って彼らに接していれば良かったのですが、津田選手はブチ切れして彼らを批判しまくります。特に権選手を。
彼はゴールする前に全てを出し切っていて、ヘロヘロのフラフラで脚に痙攣が走りながらも気力を振り絞り、心配する審判員には目もくれず、やっと歩いてゴールしたのですが、次の日の地元紙にはヒーローのような扱い。(オリンピック大会の報告でもイイコト書かれました)
そしてこれまたプライドが高かったのか?権選手は反省するどころか逆ギレし、津田選手とは帰りの船に一緒に乗るのもイヤだ!とゴネて、陸上の名門校である南カルフォルニア大学に留学してしまいました。
権選手は再びベルリンオリンピックに出場するのですが、日本のコーチに就任した津田さんがよっぽど嫌いだったんでしょうか?津田さんがコーチならオリンピックは勝てない!的な内容の文章を、朝鮮の新聞や織田幹雄さん、他の朝鮮出身の選手らに送り、まんまと辞任させました。
胸膜炎が理由で辞任したと津田さんは語っていましたが、いろいろと考えさせられますね。
・・・てか、ロスオリでのマラソン実感放送は、15〜20分程度の枠だったんでしょうか?
そして迎えた8月7日。いよいよ始まった水泳競技!
『一種目モ失フナ!』というまーちゃんの勝手な目標の元、100m自由形決勝戦で宮崎選手が見事に優勝!
ロスオリで、初の金メダルであります!
手を差し伸べる、キャプテンの勝っちゃん。感動的ですね。
その一連の様子をスタジオで再現するのだから、さぁ、大変。いや、楽しい?
金ダライに水を張り、バシャバシャと水音を立てて臨場感を出すまーちゃん。
チームメイトの協力の元、実感放送は大いに盛り上がったのでした。
その実感放送を聴くべく、孝蔵さん家の蚊帳と中古のラジオを交換した妻 おりんさん。
早速質屋に持って言って金に変える気満々の孝蔵さんを家族全員で阻止。いつかこのラジオで父ちゃんの落語を聴くんだから!と愛娘な言われて諦める孝蔵さん。
しかし、お約束でラジオはうんともすんとも言いません。
「また電気止められちゃった。」と言うおりんさんでしたが、悪い予感しかしない。結局質屋に持って行くことに・・・の前に、ロスのリトル・トーキョーにある例の日本料理店では、宮崎選手の祝勝会♪で盛り上がってます。
メニューはなんと、牛鍋(ほぼ“すき焼き”)!しかも、まーちゃんの奢(おご)りときた!
なぜかカクさんには内緒。カクさんは選手らの食事管理をしており、大会が始まってからは選手村で提供されたものしか食べさせなかったのかもしれません。
次は大横田選手に期待していたまーちゃんは、400m泳ぐから400ポンド(約181kg)食え!ってジョークを飛ばしますが、調子に乗った大横田選手は女子選手の鍋の中の肉を横取りします。
牛肉、まだ煮えて無いんじゃあ・・・
そんな中、まーちゃんは日系人のウェイトレスのナオミさんに、女子平泳ぎ(多分決勝)のチケットを渡します。
彼女に水泳の素晴らしさを、そして日本(日系)人としての誇りを感じてもらうために。
素っ気ない態度のナオミさんでしたが、きっと・・・
そこへ治五郎先生と岸さんが現れ、金メダルの件を労うとともに、別件で話があるとのこと。
「奥(座敷)で話そう」という岸さんのセリフに、嫌な予感がします。
案の定、IOC総会に出席して分かったことですが、1940年のオリンピック候補地にはすでに9都市が名乗りを上げており、東京は完全に出遅れていてピンチ!
① ローマ(イタリア)、② ヘルシンキ(フィンランド)、③ バルセロナ(スペイン)、④ ブダペスト(ハンガリー)、⑤ ダブリン(アイルランド)、⑥ アレクサンドリア(エジプト)、⑦ ブエノスアイレス(アルゼンチン)、⑧ リオデジャネイロ(ブラジル)、⑨ トロント(カナダ)
ユダヤ人を公然と差別するような男だぞ。そんなヤツのお下がりなど、絶対にいらん。スポーツが政治に屈するなど、全然にいかん!
・・・あの、忌々しい大砲の音だってな。」
まーちゃん:「ああ、あの軍の演習の。」
岸さん:「日本を敵国と想定しての訓練だそうだ。」
眉をしかめるまーちゃんの目線の先には、オリンピックの歌『走れ大地を』を拳を握り、総立ちしてアカペラで合唱している選手らが。
治五郎先生:「・・・平和なのはフェンスの内側。選手村の中だけ!・・・それじゃあ、いかんのだよ。」
一方その頃、日本橋にあるバー ローズでは、水泳選手らの今後の成績をマリーさんに占ってもらうべく、緒方部長が“宮崎 金 河石 銀”の号外新聞を持参していました。
これから行われる予定の水泳競技に参加する選手らの顔写真も掲載されていたのです。
マリーさんのダウジングによると、残念なことにダメらしい・・・ですが!大横田選手の写真の上だけ、ダウジングの振り子が激しく円を描きました。
マリーさん:「彼、きっと金メダルを獲るわ!」
ヨッシャ!と早速、まーちゃんに電報を打った緒方部長なのでした。
号外に写真が載っていたツルさんと小池選手ですが・・・ナニ?小池選手がツルさんに迫ってる!
ワケではなく、恋愛相談を受けているうちに心のうちをぶちまけた小池選手!
聞けば女子選手全員が気になって練習に身が入らず、どうしていいかわからないと言う・・・全員・・・そりゃあ、大変だ!
ツルさんは大人の意見として、それは健全な男子なら当たり前のことで、スポーツで発散すれば良い、それがスポーツマンだ!と言う。
ムリ!
あれ?小池選手ってどこかで・・・おおっ!『まえだまえだ』の弟 旺志郎君じゃないですか!
まえだまえだは大阪時代、近くの公園で・・・
すみません、その話 長くなります?
・・・またの機会に。
イテテ
(“私自身”は会っていません)
そんな16歳男子を悩ませてる女子選手たちの部屋では、有名な神社の『御守』の中の紙を破って水と一緒にゴクリ☆(フィクションですが前畑選手は次回のオリンピックで実際にゴクリ☆したそうです)
部屋の壁にセクシー写真(?)が飾られているので、集中出来ず記事を強制終了!
アイタタタ
(長くなりましたし、また次回)