1階は御手洗の他に事務室と大広間があった。
事務室は暗く、大広間は電気が点いていた。
さて、どこで寝かせてもらおうか。
大広間の入り口右手にはツルツルとした、フェイクレザーが張られた2人掛けのソファーが置かれている。
ここがベストか?
すっかり乾いた右手でソファーを撫でると、ひんやりと冷たかった。
濡れた服で、この冷たいソファーに横たわる・・・しかも膝より下はハミ出した状態で。
野宿よりマシだが寒過ぎる。
せめてガンガンに暖房でも付いていれば暖かいし空気が乾燥して、じきに服も乾くかもしれない。
髪の毛もだいたい乾いたが、内側はまだしっとりとしている。
そうだ。
図々しいが、暖房を付けさせてもらおう。
大広間の壁を見渡してそのスイッチを探したが、見当たらなかった。
諦めて玄関に戻り、置いてある銀色のビニールの包みを開けてみると予想していた通り毛布だった。
下の包みも同じく、ベージュ色の毛布が入っていた。
ふと明るい階段に目がいく。
そういえば2階も電気が点いていた。
公民館というのは和室もあるのではないかと、期待を込めて階段を上がってみる。
2階に上がって正面にはテレビと椅子が置かれたスペースがあり、大漁旗や船の備品のようなものが横の壁に展示されていた。
興味をそそられたが、今は和室を探すのが先決だ。
廊下左手に襖(ふすま)があり、開けてみると畳が敷かれている大きな部屋だった。
フラフラと中に入ると長机が並び、端の方は大人が横になれそうなスペースがあったのでここで寝ることにする。
カーテンが開いていたので、自分が寝床に決めた場所だけ閉めた。
しかし畳にじかに横になると痛そうなので、敷布団代わりになるような何か・・・座布団があるか辺りを見回してみる。
押入れを開けてみると、思った通り沢山の座布団があったのでそこから2枚取り出し、これを並べて敷布団代わりに畳に敷いた。
押入れの中には他に、あの銀色の包みも沢山あった。
誰かが私に分かりやすいよう、わざわざ玄関に毛布を運んでくれたのだから、それを使おう。
1階に降りると、例の飲み物のことを思い出した。
すでに冷えたいたそれを飲んだ後、毛布の入った2つの包みを脇に抱え、再び座布団を敷いた場所に戻り、中から毛布を取り出して広げた。
しかし寒い。
濡れた服を着たまま過ごすというのはこんなにも体温が失われるというのもを、身を持って知る。
この広い和室にも暖房は無く、毛布を2枚上に重ねて寝る事にした。
消灯前に時計を見ると、もう21時20分だった。
しばらく布団の中に入っていたが、唇が震える。
身体中は筋肉痛のような痛みがあるのに、寒い。
海の中の生温さを、ふと懐かしく思い出した。
このまま濡れた服を着て寝たら、低体温症になりかねないよな、と思いきって服を脱ぐ。
毛布や座布団に海水が付いて申し訳ないと思ったが、背に腹は変えられない。
洗って返そう。
パーカーは綺麗な状態だったが、スパッツは尻と膝の部分が破れていて驚いた。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160131/17/ririmu777/ca/7a/j/o0800045013554729546.jpg?caw=800)
そういえば黒の綿手袋も水道水で洗っている時に気が付いたが、左の手のひらの部分が見事に破れていた。
左手の付け根あたりに、猫に引っ掻かれたような3本の線になった傷が出来ていて、ジンジンする。
服を脱ぐといってもさすがに下の方の下着は脱げず、上の方の下着は枕の辺りに置く。
万が一誰かが来た時に、サッと毛布の中に隠したいからだ。
服は同じ2階の隣の部屋・・・調理室のパイプ椅子を複数使い、干しておいた。
その電気の点いた明るい調理室の窓からは、暗いがオーシャンビュー・・・夜の海が見える。
右下にはあの歴史ある波止場と港が。
正面辺りに灯台も見えるので、朝になったらこの窓からは美しい風景が見られるに違いない。
これは楽しみ・・・少し元気が出た。
この部屋のベージュ色のタイル張りの床には、何冊か重ねて本が置かれている場所が何故か数ヶ所あった。
何かのために重石のように本を置いてあるのだろうか。
改めて自分の足を見ると、血こそ止まっていたが左膝上が横一文字にザクッと切れていた。
その他に、小さい切り傷や痣らしいものもある。
両肘も何ヶ所か傷が出来ていた。
傷の痛みよりも筋肉痛のような痛みの方が強かったから気付くのが今になった。
再び毛布に潜り込み横になるが、やっぱり寒い。
先程、下着1枚で調理室をウロウロした分、更に身体が冷えたのか。
濡れた服のままよりはマシだろうが、それでも震えが止まらなかった。
寒さと痛さで目は冴えていたが、閉じていればじきに睡魔に襲われるはず。
あんなに肉体を酷使したのだから、睡眠を取らないと明日の仕事に支障をきたしてしまう。
裸で寝る習慣が無く落ち着かないからなのか、アドレナリンが大量に分泌されているからなのか、またその両方なのか。
とにかく静かに目を閉じよう。