こんにちは。
このブログを訪れてくださってありがとうございます。
私は、小説「千年の街~ハウステンボス物語~」の著者、蒼木凛々です。
このブログでは、拙著「千年の街~ハウステンボス物語~」をweb上で巡る、いわゆる聖地巡礼したり、リアルな今のハウステンボスの情報や、ハウステンボスについてのつれづれを書いています。
ハウステンボスの黄金のペガサス(本文とは関係ありません)
今日のブログは、ハウステンボスはパワースポットであるという私の思いについて書きます。
ブログのタイトル文にも書いていますが、私はハウステンボスはパワースポットだと思っています。あくまで個人的な意見なのですが。
落ち込んだり、辛いことがあったときは、何故だかハウステンボスに行きたくなります。
昔、身の上でとても怖いことがあって対人恐怖症のようになり、家から一歩も出ることが出来なくなった時期がありました。そんなとき、唯一行くことができたのがハウステンボスでした。行くといっても遊びにいくわけじゃなく、身内がハウステンボスで働いていたので、車で迎えにいくだけです。
何回か送迎をしているうちに、少しだけ場内に入ってみようと思えてきました。一時間ほど早く着き、身内を待つ間ハウステンボスを散歩しました。そうしているとお気に入りの場所もできたり、コーヒーを買うこともできるようになりました。
ヨットハーバーを見ながら海風に吹かれてコーヒーを飲んだり、フォレストヴィラやパレスの庭で森林浴したり…。
そうやってハウステンボスで過ごすうちに、対人恐怖症も少しづつ回復していきました。その後しばらくして、また普通に働けるようになりました。
あるとき、私は仕事でハウステンボスの環境設備について勉強する機会を得ました。ハウステンボスが出来る前の土地は、針尾工業団地といって、荒涼とした場所でした。工業団地といえども企業の誘致は進まず、荒れ果てた土地でした。
私が子供の頃、「この子を残して」という映画の原爆投下後の長崎市のロケに使われました。いかに荒涼としていたかが窺い知れます。
そんな蟻一匹棲めないと言われた土地を生き返らせるところからハウステンボスプロジェクトはスタートしたのだそうです。
土をすべて入れ替え、運河を引き、植物を植えていきました。
そうやって、針尾工業団地は、ハウステンボスという新しい命を与えられました。ハウステンボスは、まさに甦った土地だったのですね。
これらのことを知ったとき、私は、やっぱりここはパワースポットなんだという思いが一層強くなりました。
ところが、最近になって、私の個人的な「ハウステンボスはパワースポット説」を裏付ける有力な情報を見つけました。それはハウステンボス創業者である神近義邦さんの「ハウステンボスの挑戦」という本に書いてありました。
ハウステンボスを作るということは、超一大プロジェクトでした。そのハウステンボスプロジェクトにはシンクタンクとも言うべき諮問委員会があり、各界の学識経験者や専門家からなる「十五人委員会」というものです。その十五人委員会のメンバーの一人、前田豪さんの言葉です。前田さんは、地域開発、観光開発の専門家だそうです。
以下、「ハウステンボスの挑戦」から引用させていただきます。
(十五人委員会のメンバーのひとり前田豪さんが「神近さん、ハウステンボスの地は四神相応の地ですね」と言ったことがある。聞いてみると中国の『営造宅経』の中に、人が住む場所を決める地相について記され、最貴の地とは東に川が流れ(青竜が守護神)、西に長道が走り(白虎)、南に湖が広がり(朱雀)、北に丘陵が横たわる(玄武)地を指すという。四神とは四方からの災いを鎮め、守護する神獣を意味する。
中国漢の時代に、『人が住む所が四神相応の地であれば最高の吉相であり、そこは末永く栄え続ける』と記されている。この話を聞いているうちに、この地にハウステンボスを作るのは偶然じゃなく、定められたように思えてくるから不思議である。)
神近さんが、何故、そう思ったのか。
その理由もまた「ハウステンボスの挑戦」に書いてあります。
簡単に説明すれば、ハウステンボスの東には早岐瀬戸から大村湾に流れる川があり(青竜)、西に西海から長崎へ走る道があり(白虎)、南には海への出入り口が極端に狭いほぼ湖のような閉鎖海域の大村湾があり(朱雀)、北には山がある(玄武)からです。
ハウステンボスは、完璧に青竜と白虎と朱雀と玄武に護られているのです。
やっぱりな!と私は膝を打ちたくなりました。
風水、地相からみてもハウステンボスはパワースポットで間違いないんだと。
でも、考えてみれば、だからこそあの無謀とも思える壮大な超一大プロジェクトが成功したのではないかとも思えてきます。
この場所でなければいけなかったんだと。
オープンしてから今日まで、決して順風満帆とはいえなかったハウステンボスですが、こんなに強力な四神に護られて、これから先も、どんな困難にあっても、必ず存在しつづけると信じています。
注)写真は過去と現在、いろいろ混ざっています。