昨日の夜は芝居を見に行ってきました。
贔屓の役者、遠藤巧磨さんが出るので、それが目当て。
新撰組の斉藤一役で、凛として、素敵な役でした。
テーマは戊辰戦争と白虎隊でした。私は歴史があまり好きではなく、知識もなかったので、この舞台で何を表現したいのかを考えつつ見ていました。
観劇者の知識不足を考えたのか、チラシと一緒に配られた紙にも簡単な説明がありました。帰ってきて復習したところ、Wikipedeaからの引用でしたが、以下にコピペしておきます。
ーーー
戊辰戦争(ぼしんせんそう、慶応4年 / 明治元年〈1868年 [2]〉- 明治2年〈1869年〉)は、王政復古を経て新政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧江戸幕府軍・奥羽越列藩同盟・蝦夷共和国(幕府陸軍・幕府海軍)が戦った日本の近代史最大の内戦[3]。名称の由来は、慶応4年・明治元年の干支が戊辰であることからきている。
新政府軍が勝利し、国内に他の交戦団体が消滅したことにより、列強は条約による内戦への局外中立を解除した[4]。これ以降、明治新政府が日本を統治する合法政府として国際的に認められた[4]。
会津戦争(あいづせんそう、慶応4年/明治元年(1868年))は、戊辰戦争の局面の一つであり、会津藩の処遇をめぐって、薩摩藩・土佐藩を中心とする明治新政府軍と、会津藩およびこれを支援する奥羽越列藩同盟などの旧幕府軍との間で行われた戦いである。現在の福島県会津地方が主戦場となった。
白虎隊(びゃっこたい)は、日本の幕末維新における戊辰戦争の一環である会津戦争に際して、会津藩が組織した、武家男子を集めた部隊である。中には志願して生年月日を改め15歳で出陣した者もいたほか、幼少組として13歳の少年も加わっていた。名称は、中国の伝説の神獣「白虎」に由来する。他に玄武隊、朱雀隊、青龍隊、幼少隊などがある。
会津藩の敗色が濃くなる中での飯盛山での自刃で知られるが、戦死や自刃をしなかった隊士約290人は明治維新後を生きた[1]。
ーーー