白い花が好きで、花屋で新しい株を買うときは、白い花を選ぶことが多いのですが、これまで育てた経験では、白い花の株は弱い気がします。ゼラニウムもベコニアも、白い花はなかなか育ちませんでした。
AIに、白い花の株は弱いのではないか?と聞いたところ、そういう統計はないそうで、たまたま弱っている株に当たったのだろうということでした。
写真は、我が家で元気に育っている白い花のベコニアです。これからも、多分、花屋で白い花の株を見つけたら買うと思います。
病院に入院していた4ヶ月の間、毎日ノートに、その日に起こったことや考えたことを書いていました。これは、自分の気持ちに整理をつけたり、気を紛らわすのに大いに役立っていました。ここで困ったのが、すぐに丸くなる鉛筆を尖らすことでした。
最初に、ナースステーションに鉛筆を持っていって、鉛筆削りを頼むと、「ここには電動の鉛筆削りがない」という返事でした。
確かに、看護師さんたちは、常に数本の筆記具を持ち歩いているので、鉛筆も鉛筆削りも必要ないのでしょう。
次に頼んだのは、患者を車椅子で必要な場所まで運んだり、水を持ってきてくれるなどの役割を担う人たちでした。しかし、それぞれに役割があって、忙しいので、鉛筆を尖らせてもらうまでに、少し待たなくてはなりません。
次に頼りにしたのが、リハビリの時に会う作業療法、言語療法の先生たちです。リハビリでは文字を書くことや手を動かすことを行なっていたので、鉛筆を使うことは奨励され、丸くなった鉛筆を持っていけば、その場で尖らせることができました。言語療法の先生は、備品の鉛筆削りを貸し出してくれました。作業療法の先生は、行くたびに鉛筆削りを頼むので、リハビリ室に備え付けの電動鉛筆削りを自由に使っていいという許可をくれました。
病院では、些細なものでも自分が欲しいものを手に入れるのは大変ですが、こうして、私は、いつでも鉛筆を削れるという安心感を手に入れたわけです。
退院して家に戻り、自分の家で電動鉛筆削りを使った時も、うれしかったです。貸してもらった鉛筆削りが使いやすかったので、この前文房具屋に行った時に、鉛筆削りを眺めたところ、芯の長さが変わるという鉛筆削りがあったので、買ってみました。病院での鉛筆削りの苦労は思い出したくないけれど、これを使うと、道具の進化を感じます。
しばらくブログの更新ができませんでしたが、その理由は、帯状疱疹でした。ある日、頭に大きなコブがあって痛むのに気付き、「どこかにぶつけたのだろうか?と」思っていたら、まゆの上に赤い発疹が出ました。皮膚科に行って、帯状疱疹という診断を受け、抗ウィルス薬を1週間飲んで、コブの腫れが半分くらいにおさまりました。しかし、その後も、腫れの痛みや頭痛、体の熱っぽさが続き、皮膚科で薬をもらって飲み続けました。
今、ようやく2週間が経って、様々な症状が軽くなったり、消えたりしてきたところです。
この病気になって、体に炎症があることの辛さを実感したので、回復して元気になった体のありがたみを感じています。
病気の後遺症で右側の視界が半分になった。そのため、右が見えにくかったり、小さな字が読みにくかったりして、物にもぶつかりやすくなった。
そこで、こういう状態をカバーしながら暮らせるようにリハビリを受けて退院してきた。
そして 退院後すぐに、担当のケアマネさんが持ってきてくれたのが、赤いヘルプマークだった。
ヘルプマークは、「外見からはわからないけれど、周囲の援助や配慮を必要としている人」が身に付けるもの」だそうだ。ケアマネさんは、「江崎さんは、外見から見ても、右側が見えないことはわからないから、ヘルプマークを目立つところに付けて、周りからも用心してもらった方いい」と言うので、普段持ち歩く小さなショルダーバックに、大きなヘルプマークを付けて歩いている。
しかし、道ゆく人は、そんなに周りを見て歩いてはいないので、ヘルプマークがどれくらい有効なのかはわからない。私の方は用心して、前から来る人を眺めるが、ケータイを見ている人、イヤホンをしている人など、他のことに気を取られている人が多い印象だ。それでも、ケータイも見ながらチラチラと視線も上げるので、私のことが見えれば避けてくれるが、ヘルプマークのおかげかどうかはわからない。
前から車が来る場合は、ヘルプマークを見てスピードを落としてくれていると感じることがある。また、エレベーターなどで人の流れを妨げていても、ヘルプマークを見て、場所を譲ってくれる場合もある。ヘルプマークが見えれば、「しょうがないな」と思って配慮してくれていると思うので、ありがたいと思う。しかし、周りを見ていない人が圧倒的に多いという印象なので、油断をせずに、用心して動かなくてはいけないと思っている。