毎朝、電動コーヒーミルで豆を挽いて、コーヒーを用意する。挽き終わった粉を紙のフィルターに移す時の香り、電気ケトルから粉の上にお湯を落とした時の粉のふくらみ、少しづつお湯を落としていく時の手の加減、カップに溜まっていく液体の揺れ、これらの一連のリズムが、私に大きな満足感をもたらす。
なぜなら、これをやることが、病気入院中に私が夢見ていたことだからだ。入院中に食べてはいけないものやカフェインの制限はなかったのだが、自販機やコンビニで売っているコーヒー缶は私の好みではなかった。私は、パリのカフェで出るような、深煎りで苦味がしっかりとしたコーヒーが好きなので、病院に入っている喫茶室のコーヒーでは満足できなかった。
退院したら、最初に自分の好みのコーヒーを淹れようと思っていたので、それができた時に、病人ではなく普通の人間に戻ったと実感した。そして、毎朝コーヒーを淹れるたびに、自分の好きなことを自分でできるようになったこと、たくさんの自由な生活を取り戻したことの喜びを感じている。
毎朝、この喜びを感じながら、人間の幸せとは、こんな小さな満足感の積み重ねなのかもしれないと思う。一方で、病気をしたことで失った、もっと大きな満足感がいくつもあるので、それを取り戻すための手段を考えて、自分の満足に対して貪欲でありたいとも思う。
長年ブログを書いているので、コーヒーについては、何度も色々な切り口で書いています。毎朝一杯のコーヒーを飲む習慣は変わっていないので、これからも好みのコーヒーを飲み続けたいと思います。







