Tous les jours

Tous les jours

読んだ本、感じたことなどを書いています。

毎朝、電動コーヒーミルで豆を挽いて、コーヒーを用意する。挽き終わった粉を紙のフィルターに移す時の香り、電気ケトルから粉の上にお湯を落とした時の粉のふくらみ、少しづつお湯を落としていく時の手の加減、カップに溜まっていく液体の揺れ、これらの一連のリズムが、私に大きな満足感をもたらす。

 なぜなら、これをやることが、病気入院中に私が夢見ていたことだからだ。入院中に食べてはいけないものやカフェインの制限はなかったのだが、自販機やコンビニで売っているコーヒー缶は私の好みではなかった。私は、パリのカフェで出るような、深煎りで苦味がしっかりとしたコーヒーが好きなので、病院に入っている喫茶室のコーヒーでは満足できなかった。

 退院したら、最初に自分の好みのコーヒーを淹れようと思っていたので、それができた時に、病人ではなく普通の人間に戻ったと実感した。そして、毎朝コーヒーを淹れるたびに、自分の好きなことを自分でできるようになったこと、たくさんの自由な生活を取り戻したことの喜びを感じている。

 毎朝、この喜びを感じながら、人間の幸せとは、こんな小さな満足感の積み重ねなのかもしれないと思う。一方で、病気をしたことで失った、もっと大きな満足感がいくつもあるので、それを取り戻すための手段を考えて、自分の満足に対して貪欲でありたいとも思う。

 

 長年ブログを書いているので、コーヒーについては、何度も色々な切り口で書いています。毎朝一杯のコーヒーを飲む習慣は変わっていないので、これからも好みのコーヒーを飲み続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 最近読んだ本です。

 多和田葉子「溶ける街 透ける路(みち)講談社文芸文庫」を電子ブックで読みました。

 あとがきによると、2005年春から2006年末まで実際に行った町の話を書いたそうで、日経新聞に連載していたそうです。町に行った目的は、自分の作品の朗読と読者との会話だそうで、色々な町に呼ばれて、読者と交流する様子や、町の印象などが書かれています。

 私が知らない町の名前も多いのですが、あちこちに行って、多くの読者と交流する様子がいいなと思いました。

 

 

ベランダの花がベコニアだけになったので、ペンタスを追加しました。3株で500円。セット売りだったので、赤とピンクを買って、ベランダの大きめの鉢に寄せ植えしました。東京はだいぶ涼しくなってきたので、育ってくれるのではないかと思います。

 

 

 

 最近読んだ本が、村田沙耶香「きれいなシワの作り方」(マガジンハウス社)です。ananに2年間連載されていたエッセイでだそうで、淑女の思春期病という副題がついています。ユーモアがあって、なかなか面白く読みました。Kindleの電子書籍で読んだのですが、エッセイは一つ一つが短いので、読みやすかったです。

 

 

 

 植物の種類も鉢の数も少ないのですが、毎朝ベランダを眺めるのが楽しみなので、忘備録として、ベランダの写真をアップしておきます。元気に伸びているベコニアと、つるを伸ばしているアイビーの変化を見るのが今の楽しみです。

 葉が広がるゼラニウムも元気ですが、こちらは花穂が終わってしまったので、来年の春まで、花は咲きそうにありません。9月に入ったら、少し花を増やしたいと思っているところです。

 

 

 

 前に、食べ物について、「値段が高ければおいしいのか問題」について書きましたが、化粧品や薬についても、同じことを感じます。値段が高ければ効果があるような気がしますが、本当のところは、よくわからない。効果があると思って使えば、それだけでも結果が違ってくるような気もします。結局、自分の感覚を信じるしかありませんね。

 

 そんなことを思ったのは、高い目薬「Vロートアクティブ プレミアム ¥1650」と」いうを買ってきたからです。1本使って、目の疲れが取れるような気がしたので、使い続けることにしました。しかし、目薬の値段のばらつきを見て、効果と値段の関係が気になったというわけです。

 

 

 

 

 病気後は右の視界が半分になり、一人歩きが不安という精神的な問題もあって、普通の生活に戻るために、電車に乗る練習をしてきました。

 私は新宿生まれの新宿育ちで、新宿の街が大好きなので、電車に乗る練習の最初の目標を「新宿に行くこと」に決めていました。しかし、行こうと決めるまでは時間がかかり、行く道順や帰りの電車の乗り場の確認などにも時間をかけました。

 そして、ある日、「勇気を振り絞って、行くべき」「このまま家にいては、次の一歩が踏み出せない」という気持ちになって、家を出ました。

 電車に乗るとすぐに新宿に着き、いつも通りの道を歩こうと思って進んでいくと、新宿中村屋に着きました。このまま、新宿紀伊國屋にも、新宿伊勢丹にも行けます。

 しかし、ここで胸の中に黒い雲が湧いてきたので、とりあえず新宿駅構内に戻ることにしました。戻ってみれば、私が見慣れれた駅の、あるべきところに階段やエスカレーターがあり、幾つもの店がありました。

 その風景に安心しながらも、帰りの電車が来るホームを確認して、駅の名前を順番に確認しながら帰ってきました。

 これまで練習してきて、知っている駅は自然に体が動くことがわかり、多少戸惑っても、帰りの電車を見つけて帰って来られたことが、大きな自信になりました。

 これからも、訳のわからない不安に襲われることはあるかもしれませんが、「落ち着いて動けば、自分で解決策を見つけられる」と思えるようになったので、電車に乗る練習について書くのは、これを最後にします。

 まだまだ、あちこちに行く練習が必要なので、今後も積極的に出かけようと思っています。

 

 

 

 続いて、もう一冊、小川洋子の本、「掌(てのひら)に眠る舞台」(集英社)を読みました。散歩の本はエッセイ集でしたが、こちらは芝居を主題にした8編の短編集です。最近はKindleで字を大きくして電子本を読むことが多いのですが、この本は本屋で見つけて買ったので、文庫本の字の大きさのまま、読みました。そのため、かなり読みにくく、目が疲れ、読むのに時間もかかりました。

 それでも、ちゃんと読むことができ、Kindleで電子ブックになっていない本も読むことができるという希望が持てるようになったので、うれしく思っています。

 

 

 

 

 電車に乗る練習、その3も隣の駅ですが、その1とは反対側の隣の駅です。こちらの駅もコロナの時はよく歩いて行っていました。

 今回は線路沿いの道を歩いて行ったのですが、この道は、私の見えない右後方から私を追い抜いていく自転車が多く、危険を感じて、道を住宅街の中に変えました。

 曖昧な記憶を上書きするために、辺りを見ながら歩いていくと、馴染みのファミレスやソフトクリーム屋が現れ、区役所が現れて一安心。駅に向かい、屋根のあるアーケードを歩いて、駅に到着しました。

 

 ここでSuicaを忘れたことに気づき、券売機で切符を買いました。そして、一駅電車に乗って、無事に最寄駅に着きました。

 やれやれと思って改札を出ようとすると、切符の通せる出口がありません。辺り探し、端の出口を見つけて切符を改札に通し、ふうっと一息ついて、家に帰ってきました。

 切符の通せる出口を探すことになるとは、予想外でした。なんでも電子化が進んでいるので、次はSuicaを忘れないようにします。

 

これは、帰りに買ってきた日日草です。ベランダに花が加わって、華やかになりました。

 

 

 最近読んだ本は、小川洋子の「とにかく散歩いたしましょう」(文春文庫)です。四年近く、毎日新聞に月1回書いていたエッセイをまとめたものだそうで、小川さんの視点での日常生活の描写が面白かったです。

 あとがきに、散歩をすると心の平静を取り戻す、とか、目指すべき方向がわかる、など、小川さんの感じる散歩の効用が書かれていました。私も散歩が好きで、歩いていると歩くことに集中して、無心になれるのがいいと思っています。今は、半分見えない右側に注意を向けて、右を振り向きながら歩いているので、無心というわけにはいきませんが、それでも、一人で歩くことに集中すると、心が落ち着きます。

 暑い時期ですが、心が騒いだら、「とにかく散歩いたしましょう」とつぶやいて、散歩に行こうと思っています。