Tous les jours

Tous les jours

読んだ本、感じたことなどを書いています。

 入院、手術、リハビリを経て、家に帰ることを考えるようになった時期に、何かを思い出そうとしても思い出せないことが多いのに気付いた。入院中は携帯を見る気力がなく、ずっと息子に預けていたのだが、返してもらって見ようとすると、写真の撮り方も、スクロールして次の写真を見る方法も忘れていた。あんなに毎日使っていたのに全く覚えていないなんで、私の記憶はどうなってしまったんだろうと嘆いていると、「全てを覚え直せばいいんだし、すぐに覚え直せるんだからがっかりするな」と慰められた。確かにその通り、覚え直せばいいだけだと思いつつも、人の名前やこのブログに写真をアップする手順も忘れていて、毎日が覚え直しの山だった。

 今回は、久しぶりにパンを焼こうと思い立ったのだが、毎日のように焼いていたパンの粉の分量を忘れていて、料理ノートを読み返した。焼く温度と時間も忘れていて、これはノートにも書いてなかったので、一般のパン焼きの温度を参考にした。いざ焼くばかりになったところでは、オーブンの余熱の解除の仕方を忘れていて焦り、2度押しで解除できることを思い出した。

 退院後はこんなことを繰り返しているが、私の方も学習して、落ち着いて考えれば思い出すのだから、焦ることはないと思うようになった。そして、もし思い出さずにパンが焼けなくても、それば人生の重大事ではないと思うようになった。それと同時に、事前に必要なものを調べて準備するようになった。多分これからも、たくさんの覚え直しが出てくるのだろうが、めげずに覚え直して、自分の生活のやり方を見つけていこうと思っている。

 

写真は、今日焼いたパン。いつも通りの焼き上がりだった。

 

 

 

 

 病気の後遺症で右側の視界がなくなり、それでも日常生活ができるようにと、病院で訓練してきました。具体的には、常に右側に注意を向け、首を右に回して視界を広げ、左右の目で全体を見る訓練です。

しかし、ずっと正面を見て生きてきたので、これがなかなか難しい。前を見て歩いていると、手前の足元がよく見えず、椅子の足などにぶつかります。足元に注意を向けているとその前方が見えず、突然目の前に壁が現れたりします。リハビリの先生たちからは、常に右側に注意向けるようにと言われ、ずいぶん注意をしているつもりなのに、がっかりするような小さな失敗の連続です。そこで、私が編み出したのが、右足を前に出すと同時に首を右に振ってリズムを取って歩く歩き方です。これで、定期的に右を向きながら歩くことになりますが、これでも何かに向かっていたり、話をしていたりして注意力がそちらに行っていると、首振りを忘れて何かにぶつかります。これでは一人で生きていけないと思い、必死に練習して、退院の許可が出るところまで来ました。慣れ親しんだ家に帰ったら、ぶつからずにスイスイ歩けると思っていたのですが、小さな家の中でもあちこちにぶつかるので、ぶつからずに動けるように練習しています。

 もう一つの問題が、自分が置こうとするところと手が置こうとするところが微妙にズレることです。脳と指のつながりが悪いのか、右側が見にくいので、物と置きたい位置の距離感が掴めないのかわかりませんが、今は自分の手がどこに動いているのかをしっかりと確認して、ズレを修正しています。

 このように不自由はありますが、こうして自宅に戻り、家の中では普通に暮らせるようになったので、後は私の注意次第、これからはどんどんよくなると信じて、色々と暮らしやすように工夫をしているところです。

 

写真はある日の朝食。毎日おいしいコーヒーが飲めるようになって嬉しい。

ずっとガスコンロを使ってきましたが、今回、IHヒーターを使うようになりました。ガスコンロは消し忘れの危険もあり、火事になったら大変ということで、私の注意力低下を心配した息子が設置してくれました。火力の弱さを心配し、炒め物がうまくいかないのではないかという思いもありましたが、昔のようにたくさんの量の料理を手早く作る必要もなくなり、私一人分をゆるゆると作ればいいので、このヒーターの使い方に慣れることにしました。

使ってみた感想は、火力は弱いけれど、なんでもできそう、という感じです。

写真はIHヒーターと、最初に作ったチキンカレー。煮込みモードがありますが、まだ慣れが必要です。でも、新しい家電を使うのは楽しい(^-^)。

 

 家に帰ってきて、ベランダの今後を考えている。鉢のアイビーはみな枯れてしまったので、

もう何も育てないことにして、鉢を片付けてスッキリさせようかとも思ったが、それも寂しい気がする。 とりあえず、片付けるのは暖かくなってからにするので、それまでにじっくり考えようと思っている。前のように鉢が多く緑たっぷりのベランダにしないが、花が眺められるようにしたいとは思っている。整ったら写真をアップするので、見てください。

 

この写真は、色々と枯れてしまった今のベランダ


4か月の入院生活を経て家に帰ってきて、しみじと感じるのは、好きなものが身近にある暮らしが戻ってきたということだ。

 家にどんな食器があるかなど、ほとんで忘れていたのだが、引き出しを開ければお気に入りの白いバターナイフがあり、別のところには持ち手の部分のモダンな柄が気に入っているスプーンがある。絵柄が好きな小さめの皿もある。これらをテーブルの上に並べてみると、家に帰ってきた気がするし、自分の暮らしが戻って気がする。

 自由を一番愛していた私が、自由のない生活を耐えてきてのやっとの帰宅なので、しばらくはこの自由な暮らしを楽しみたいと思っている。

 病気の後遺症で右側の視界がなくなって、歩くのに右側が見にくくなった。距離感が掴めないのか、自分の置きたい場所にものを置こうとすると、その場所が少しずれるようになったので、置き場所の手の先を見る注意が必要になった。

 そんな状態なので、使わない食器を整理してはどうかと息子に勧められた。

 しかし、いざ整理をしようとすると、この食器は友人と沖縄旅行に行った時に買ったもの、この食器は仕事で京都に行った時に買ったもの、この食器は吉祥寺を歩いていて見つけたもの、というように、食器にまつわる歴史が浮かんできて、捨てられいない。そもそも、歴史のある食器、好きな食器を捨てる必要があるのか?という疑問も浮かび、場所がないわけでもないので、とっておくことにした。決まった場所に決まった食器を納めるのも、リハビリになるだろうという思いもあり、ほとんど使っていなかった大きな食器だけ処分した。

 家に帰って、少し料理も始めたので、ここから厳選して、もう少し身軽な食器コレクションにしたいと思う。

 

写真は吉祥寺で買ったおむすび皿。色も気に入っている。

 

 4か月の入院を経て、家に帰って最初にやったのは、ロタで鼻を洗うことだった。歯磨きの後、毎日やっていた鼻洗いを久しぶりにやると、眉間がスッキリして、意識が覚醒した気分だった。その後に鼻から水をすっかり出す、カパラバーティというヨガの呼吸j法をやると、眉間のスッキリ感が増す。

 小さな習慣だが、毎日やっていた習慣に戻れ、このスッキリ感を思い出して、家に帰ってきた気がした。

 この後に、おちょこ一杯分のコマ油を口に含む油うがいをやっていたのだが、使っていたおちょこが行方不明で、油も新しいのを買いたいと思い、まだ実現せずにいる。これも戻ったら、本当に日常の戻った気がして、気分がいいと思う。

 

写真は鼻を洗う道具のロタ。ヨガ教室で買ったものだが、インド人はこういう簡便な道具を使っているらしい。

 

2026年2月14日に病院で書いた原稿に書き足しました。


病院生活では病室のベッド背筋を伸ばして座るのが大変だった。背中にクッションを当てたり、ベッドの手すりに寄り掛かったりして背筋を伸ばしていたが、段々に背中がぐにゃっと曲がってくる。そのうち、背もたれのある車いすに体圧分散クッションを置いて、背筋を伸ばして座ることを思いついた。それからは、昼食後から消灯まで、3時間近くは車いすに座り、机に向かっていろいろと考え事をする生活を始めた。看護師さんが座る時間が長いのを心配してくれたが、背筋が伸びると気持ちもシャンとするので、これが一番快適な時間だった。

 

 その後、病棟のラウンジの椅子に座る生活を始めたが、座っていると座骨が痛くなる。そこで、車いす用のクッションを貸してほしいと頼んだ。私は家でも体重を分散するクッションを使っていたので、これが借りられて、座る生活が一挙に快適になった。

 ラウンジでは毎日4,5時間は座っていたが、この車いす用のクッションのおかげで、座骨が痛くならずに済んだ。このクッションに慣れてしまうと、普通の椅子に座るのもけっこう辛くなったので、食事の時も、リハビリの時も、このクッションを持っていくことにした。このクッションのおかげで背筋が伸びで作業に集中できる。こうして私は、リハビリ室ではクッションを持ち運ぶ患者として知られることになった。

 

写真は好きな作家ポロックの絵はがき。本箱の上に飾ってあります。

 

2026年1月12日に病院で書いていた原稿です。この頃は病室ではなく病棟のラウンジで長時間過ごしていました。ラウンジは窓が大きく、太陽が登ってくるのが見られたので、そこに座って考えたことです。

 

太陽エネルギーのすばらしさ

 

ラウンジに座っていると窓から太陽が昇ってくるのが見える。雪をかぶった富士山の頭も見える。ここで、まぶしい太陽光を浴びながら、あれこれ考えたことをノートに書いている。朝食の時もここで過ごすのだが、ゆっくりと体を温めてくれる太陽のエネルギーを感じながら過ごす良い時間だ。私が40年近くやってきたヨガの中には、太陽をイメージして体全体を動かす「太陽礼拝」というポーズがあり、日光を浴びていると、ヨガの師である友永先生や上田先生と一緒にこのポーズを何度も繰り返しやったことが思い出される。

 日光を浴びながらそんなことを思い出していると、私のヨガの師であり、最近亡くなってしまった友永先生が今の私を見たらどんな言葉をかけてくれるだろうかと思う。「よくやっていますよ。迷わず目の前のことに集中しなさい」だろうか、「恐れることは何もない。思いわずらうことをやめなさい」だろうか。「丹田に力を入れ、腹を据えて,強くありなさい」だろうか。先生のことを思うと涙が出てくるが、先生の笑顔を思い出すと、力が出てくる。夫を亡くして私がつらい時期にもそばにいてくれた先生は私の太陽だったので、先生からもらったエネルギーを思い、今はここで、日光を浴びて太陽のエネルギーを吸収しつつ、心も強くなりたいと思っている。

写真は、インド雑貨屋で買った太陽をイメージしたワッペン。

2026年2月26日木曜日に病院で書いた原稿です。

 

悪口の定義は難しい

 

 だいぶ前に、10歳の孫の怒りが収まらず、ぷんぷんしていた時に、「怒りんぼ」と言ったら、「怒りんぼ」は悪口だか、言わないでよ!」と言われた。そこで、怒りんぼは悪口だろうか、それじゃ、泣き虫も悪口かな?という話になった。孫はどちらも悪口だと言ったのだが、この二つは性格の表現なのだから、悪口ではないのでは?という私の問いかけを考えていた。

そこで私は、短気、せっかちなども性格の表現だから、これは悪口ではないのではないか?と言ったのだが、この二つの意味を孫がちゃんとわかっていたかどうかはわからない。そこで、私が思いついたのが、「のろま」という言葉だ。これも、動作がゆっくりなどの性格の表現だが、使わる文脈に、非難、批判的要素を含んでいることが多いので、悪口だろう。そうすると、悪口かどうかも、使われる場面と文脈によると言えるのかもしれず、悪口の定義は難しいと思う。孫も、私の「怒りんぼ」という言葉と語調の中に非難を感じて、とっさに悪口と感じたのかもしれない。

 私は日本語を書くことを仕事にしてきたので、言葉の使い方に関心があり、孫が日本語を獲得していくのも興味深く眺めて来た。ついつい、孫が使う言葉にも注目して、いろいろと注釈を付けて説明してしまう。そんなふうに言葉にこだわる私と話をして、孫が何を感じているかはわからないが、そのたびに自分の意見を言って、どうしてそう思うかを教えてくれるので、面白い会話ができる。孫とこんな会話ができるようになるとは想像していなかったが、今後も、孫の言葉や語彙が磨かれていくことの助けになればいいと思っている。

 

写真は本箱に飾ってある絵葉書、片岡珠子の富士。