どんな人にも同じように接したいけど、それじゃ賢いとはあんまり言えないよね。
正直ものはバカをみる。だっけ?
やっぱりしょうがないけど、人を選んで話す内容を変えたり、話の深さを変えたほうがあとあといいような気がしてきた。
子どもには、分かりやすいように伝えると同じように、この人には、この話をしても大丈夫だろう。この人には、このくらい浅くしゃべっておいたほうがいいよな。って、そういう選別は大事だよね。
本当は同じように接したいけど、自分が考えてもみない反応をする人もいてさ。
自分を守るために、話さない選択をする。
話をするのが大好きだから、そこは本当に気をつけて行こう。
話をしてて盛り上がって、「あ〜これ言っちゃおっかな?」っていうのも、ぐっとこらえよう。
昨日と同じようなこと言っているけど。
あんまり友だちに会わない生活をしているけど、近々会う機会がありそうだ。
色々気をつけよう。
でも、自分のことを下げて話そうとしちゃうし、逆に下に見られるような反応をすることがデフォルトな自分な気がしてきた。
ニュートラルに事実ベースで会話と反応をしていけたらいいな。
こんなことを考えるなんて、多分自分の許容範囲に入っていないのかも!笑
友だちに会ってないとか言ってたけど、そういえば普通に会ってたわ!笑
その友だちたちとはなぁんにも考えないで(少しは考えるが!)話せるから、友だちとすら思ってなかったのか!自分と思ってたのかな!?笑
もちろん親しき中にも礼儀ありだし、趣味で繋がった友だちだから、似た部分があるんだよな。
学校繋がりや、職場繋がりって、友だちだけど友だちじゃない!?
たまたま一緒の学校で、たまたま同じ職場で。
でもそう考えたら趣味も、たまたま同じ趣味でってなるのかな。
範囲はせばまるけど。
構える友だちって、友だちじゃないのかな笑
わたしは人間関係が得意と思っていたが、こんなことを考えるってそうでもないのかな?
自分にきちんと自信があって、自分のことが大好きな人が言う失敗エピソードと、自分に自信がなくて、自分のことが好きではない人が言う失敗エピソードって、同じようで全く違うよね。
まずは、どんな人と会ってもゆるがない自信のある自分でいよう。
1人でいる時はいいけど、人と会うとなんか一歩下げて話してしまう感覚がある。
そうやって喋らないといけないことが多かったんだろうな。それで自分を守ってきたんだろうな。(守れていると思い込んでいる)
自信が大いにある人が下げる一歩と、そうでない人の一歩も全く違うよな。
目の前の人のことは考えすぎない。
(でもなんとなくの気遣いはしたい自分もいる。)
自分に集中。
トイレに行きたい時には行く。
鏡を見たい時はみる。
文字に起こすとこんな簡単なことなのに、人といるとすっ飛ばしてしまうことがある。
自分が1人でいる時と同じ状態で、どんな人とも会えるといいな。
もちろん、合う合わないがあるから、違和感を感じる人とはなるべく会わないように、というか絶対会わないようにしようっと。笑
次にあったら、この違和感は解消されてるかも!なんて何千、何万回もしてきたけど、どうだった?
初対面のその違和感、変わらなかったよね?
期待しない。
正々堂々と断る。(想いやりは込めるけど)
関わらない。
少しでも関わっていったら、いい面も(自分にとってのいい面ってか!)あるだろうし、せっかく出会ったんだから、今後も会えたらいいな。なんて思う気持ちはやめるぞ!!!
1人でいたって楽しいじゃないか。
もちろん人がいることで楽しさが何倍にもなったり、新しい扉を開くこともある。
でも、今の交友関係でいいじゃないか!
無理して広げない!
もちろん、いいな!と思った人とは関わっていこう!
でも途中から違和感感じたら、分析ちゃんとしよう。
そして会わない。
わたしが自分を下げてしまったことで、いい感じの天秤が崩れてしまうこともあるから⚖️
自分のことを大切に、大事に。
まずは自分からだね!