長崎リプルクラブ -2ページ目

長崎リプルクラブ

子どもの資質・才能を
育てる方法

≪連絡先≫
090-6488-1956




母のようにたくましく

母のようにやさしく

母のようにたおやかに



僕も生きてみたかった

母と一緒に生きてみたかった



お母さん、僕を生んでくれて、ありがとう

僕を育ててくれて、ありがとう



僕は幸せだったんだよ






  

                               命日










香台に供えて五分でおはぎ消え

“お先にどうぞ”と聞こえたような



香台(仏壇)にお供えしてあったおはぎを
二男が食べてしまい
「にいにが食ていいっていったもん」という
言い訳を聞いていたら
「先に食べていいよ」という
あの子の声が聞こえたような気がして、
それ以上叱れなくなってしまいました。





 
  7月27日より 連絡ノートより
  長かった4か月と10日の入院生活。今日、やっと退院。
体重2065g、身長54㎝、こんなに大きくしてもらって、
ありがとうございました。
先生、婦長さん、長い間本当にお世話になりました。
とてもうるさい母親でした。ごめんなさい。
婦長さんはじめ、看護師さん達が貴大の心身に気を
配って刺激してくださったお陰で、こんなに元気に
なりました。心から感謝致します。

                          木場


 退院の時は、準備しておいたマリンカラーの
ロンパースと、ブルーの帽子と靴下を履かせた。
妊娠中に編んだおくるみもやっと、出番がきた。


 先生や看護師さんにお礼を言って外に出ると、
貴大は、初めて浴びたお日様に眩しそうに眼を細めた。
これからは、こんな生活をさせてあげられると思うと胸が
一杯になった。
「さあ、お家に帰ろうね」
夫と私は同じことを貴大に言った。


 当時の未熟児病棟の婦長さんは、赤ちゃんの病気
ばかりではなく、情緒面にも非常に心を砕いて看護して
くださる方で、どの子にも平等に声かけをして刺激を
与えてくださった。


出生直後から4カ月という乳児が心身共に発育する重要
な時期に、ホスピタリズム(施設病)にならなかったのは、
一人一人に我が子のように接してくれたからだと思う。
特に、貴大は、病気の治療と両手のリハビリもあった
ので、他の子より手がかかったと思う。


 婦長さんは、ご自身も障害の子ども持つ親であった
ことから、とかく落ち込みがちな私に、いろいろな症例を
通して、母親の働きかけがいかに大切であるかという
ことを、時には涙ながらに話してくださった。
それは、とても励みになったし、救われるような思い
だった。


 退院の時に、
「どの子どもにも可能性は必ずあります。
その可能性を信じて貴大くんを援助してあげてください」
と言われた。
この言葉を信じなければ、私は貴大を育てていくことが
できなかったかもしれないと、今でも思っています。


 退院後も1年に1度は必ず顔を見せに行き、
「今度は1年生になったらおいでね」と約束していたが、
入院中で状態が悪かったために逢いに行けなかった。
移植が成功したら、元気になった姿を見てもらおうと
思っていたのだが。




   


               友達








自分のどこに問題があるのか、はっきり言ってくれる

友人を
大切にしてください。

もっとこうすれば良くなるのに・・・・と思っていても

遠慮して人はなかなか本当のことを言ってくれません。

男の人はプライドがあるから、自分からそんなふうに

聞くことは難しいかもしれません。

それに、誰にでも闇雲に聞けばいいということでもありません。

でも、あなたのことを大切に思ってくれている人なら、

愛情をこめて適切なアドバイスをしてくれるはずです。

そんな友人を大切にしてください。

そして、あなたもまた、そういうことを

遠慮なく言える友人でいてください。





 
 7月9日 生後114日目
 婦長さんから、「今後のことはどう考えてますか?」と
聞かれた。
「退院の許可が下りたら家に連れて帰りたいと思います。
閉じこもらないで、外に出そうと思っています」と言うと、
婦長さんはとても喜んで下さって、
「是非、そうしてください」と言われた。


 7月17日 生後4カ月目
 4ヶ月に入って、両手のリハビリを開始。
拘縮した関節を伸ばさないといけないのでとても嫌がる。
袖をめくっただけでリハビリだとわかるのか、泣いて
構える。


情緒的には、月齢の子と変わらないそうで安心する。
でも、毎日傍にいてあげられるわけではないから、
面会時間ギリギリまでスキンシップ。

今日のたあくんは、
「今までこんなに苦しかったよ、お母さん。でもね、
ぼくはとても頑張ったんだよ。
先生や看護師さんが毎日ぼくの所に来てね・・・」
とでも言いいたげに「あー」「んー」とお語りをする。


 看護師さんが次々にやって来てあやして行く。
「未熟児病棟のアイドルなんですよ」と言うのは本当
だったんだと感心してしまった。


 退院したらどんなふうに育てていこうか、お父さんと
話し合う。
「親が、貴大の人生を肩代わりできるわけではないし、
一生手をかけるわけにもいかない。
順番からいえば親のほうが先に逝くわけだから、人の
手を借りずに自分のことが自分でできるように自立
させることを考えるべきだ。


両手の障害を一生隠し通して生活していくわけには
いかない。隠せば隠すほど見てみたいと思うのが
人情だ。それならいっそ、堂々と見せてはどうか、
何も悪いことをしているわけではないのだ。
貴大は望まれて生まれてきたのだから何も恥じる
ことはない。


それに、貴大が生活していくためには周囲からの理解が
どうしても必要だ。
両手は工夫すれば使えるようになるかもしれないし、
貴大は自己主張がはっきりしている。
楽天的な面もあるし好奇心もあるように思う。
母親の勘だけど、あの子は褒めて育てると伸びる
ような気がする。

自分がしたいと思ったことをさせてほしい、そんな育て
られ方を望んでいるような気がする」というようなことを
話す。









いじめるということ







どんな理由があっても、人をおとしめるとか


いじめるという行為は、

人としてやってはいけないこと。

それは自分の魂に傷を付けるのと同じこと。

人がそうやって時間を無為に使っている間に、

あなたは自分の才能を磨いていきなさい。

そして、自分の魂に傷を付けることがないよう

に、細心の注意を払って生きて行きなさいね。


それから、


彼らのお陰で、今のあなたの才能が更に

磨かれたということを忘れないでいこうね。

あなたや私にまでも、足りないものを

教えてくれたということに対しては、

感謝しないといけないかもしれない。

その方法は間違っているけどね。


苦しいことも哀しいことも

何一つ無駄にはならない、

逆境はチャンスだということを、

どんな時でも忘れないでね。






 6月23日  生後94日目  TEL
 手術は1時間半で終了したそうだ。何のトラブルもなく、
無事に済んだとのこと。後は、口からミルクを与えて様子
を見るそうだ。
3ヶ月間、何も飲んでいないから、上手にミルクが飲める
かどうか心配。でも、大丈夫。きっと、上手に飲める。


 6月23日  生後98日目
 今日、病院で「クシュラの奇跡」という本を読んだ。
難病を抱えて生まれたクシュラは、知的障害もあるの
だが、絵本による刺激で知的部分が伸びていくという。
それには、彼女の資質だけではなく、母親の献身的な
アプローチも大いに作用していたという話。


たあくん、お母さんも、たあくんが自立するまではどんな
事でもするつもりです。愛情だって誰にも負けないくらい
注ぐつもり。たあくんが暗い気持ちになったりいじけたり
する暇がないくらいにね。
ハンディに負けないで、自分を責めたりしない明るい
子どもに育ってほしいと思う。


 7月5日  生後110日目  TEL
 もうミルクを飲んでるんだって。保育器からも出てる
し、抱っこもできるし、おとうさんの面会も窓越しだった
らいいって。
一度に何でもいいと言われて、お母さんはおろおろ
してしまった。それを聞いたお父さんはそわそわ。
おろおろとそわそわが、家の中で行ったり来たりていた。


 7月7日 生後110日目 面会
 ベットに寝かされて、面会室まで連れて来てもらった。
看護師さんから手渡してもらってやっと抱っこ。
この日をどんなに待ったことか。
「お母さんにやっと、抱っこしてもらってよかったね」と
看護師さん。

思ったより重かった。ミルクはとても上手に飲めたけど
外す泣く。足りなかったようだけど、一度に沢山飲ませ
られない。持って来たおしゃぶりを口の中に入れて
あげるとその内、ウトウトし出した。


病衣の袖をそっとめくって、両手の障害をもう一度
自分の目で確認した。
何も知らずに安心しきって眠っている貴大に、
「ごめんね」と何度も謝った。
どれくらい苦しむだろうか。親を恨むだろうか。
生まれてこないほうがよかったと思うだろうか。
でも、そんなふうに思わないでほしい。
お父さんもお母さんも、貴大にとても逢いたかった
のだから。


 帰りの電車の中では、空腹のためミルクと間違えて
点滴チューブを吸っていたことや、夜は一人で寝ること
を思い出し涙が出た。
消燈を過ぎると未熟児室は暗くなり、数ヶ月の赤ちゃん
達が、横一列に並んでそれぞれ眠る。




 

                 寒椿









 寒椿 手折り急ぎて紅をさす


 香台(仏壇)にお花が絶えないくらいに収穫したいと
 四季咲きの長く楽しめるお花を集めているのですが、
冬になると香台に供えるお花が少なくなって、
庭に何か花がないかと探していたら、時間がなくなって
しまい、縁起が悪いと言われている寒椿を、
急いで手で折って
   香台に飾り出かけました。







折紙




それは、自分で苦労して身につけたものではあるけれど、

周囲の人の愛なくしてここまで来れなかったということは、

あなたが一番わかっていると思います。

だから、その資質はあなたの周りの人の


ために使いなさいね。

一人でもいいから、楽しかったとか癒されたとか


言ってもらえることが、あなたの生きる希望や

自尊心につながると思う。

それをわかる時がきっと来るから、


そうやって生きていきなさいね。











  在りし日の君と眺めし星月夜


                                    指切りをした日々は帰らん


                  病室の窓から満天の星空を一緒に眺めながら
                  元気になったらあれもこれも食べたい
  あそこにもここにも行きたいと、よく指切りをしました。