病院から自宅に着いたのは夕方近かった。
夫が、「さあ、着いたぞ」と言って玄関のドアを開けた。
健康な子どもを育てるのさえ大変な事なのに、病気や
障害を抱えたこの子を育てていくことができるだろうか。
自信はなかったし不安だったが、今日からやっと、
親子3人一緒に暮らせるという喜びのほうが強かった。
この日は嬉しくて1時間毎に目が醒めた。
その度に、隣にいる我が子の顔を覗き込んだ。
夢ではないだろうかと何度も思った。
退院前の説明の時に、将来気管支炎を起こしやすい
とか食道の通過障害が出てくるかもしれないと
言われていた。今後出てくる症状に対してどういう検査が
必要になるとか、両手の手術のことも言われていたので、
入院中に検査の予定表や、両手のリハビリの
プログラム、成長記録を作っておいた。
当初は、成長が遅れるかもしれないということも
言われていたので、乳幼児の発達段階には特に
注意深くチェックした。
貴大の両腕の長さには左右差があった。左手より
右手のほうが障害の程度が重かったので、そのため
幾らか長さが短かったし機能も悪かった。
右手の肘と指の関節は、拘縮のためほとんど動かなか
ったが、左手の肘と小指だけはわずかに動いた。
本人は、動くほうの左手を使う回数が多かったし、
右手より左手のほうを使う回数が多かったし、右手より
左手のほうを使いたがった。
だが、握力はほとんどないに等しく、おもちゃを手で
握ることはできなかった。
ある日、貴大をベットに寝かせて家事をしていると、
「ポーン、ポーン」と何かを叩く音がした。
起き上がり人形をついに「手」で叩いたのだと思って、
急いで覗いてみると、ベットの隙間から
足を出して、手ではなく「足」で器用に蹴っていた。
丁度、足元に起き上がり人形を置いていたので、
たまたま投げ出した足に当たり蹴って遊んでいた
のだと思う。
“ああ、そうか、何も手を使わせることに固執しなくて
いいんだ。手を使うのが普通だと思うからいけない。
貴大には、そういう既成概念は通用しないのだ。
両手を使えないなら両足を使えばいいんだ”と思った。
その日以来、リハビリのプログラムに
「使える所はどこでも使う」という項目を追加した。
起き上がり人形をわざと足元に。
危なくなければおもちゃは口の中に入れてあげ、両腕で
挟み込むようにして取ること、ミルクのときには必ず
両腕を添えさせる。
オルゴールメリーはベットの中央に置いて、手、足
どちらでも遊べるように。時には両足を上げて「キック」を
させる、等を遊びながらしてみた。
手や足を鍛えながら、肩やおでこも使って見せた。
知能だって両手の代わりになるかもしれない。
そう思って一日中話しかけた。
「これがテーブルだよ。これはテレビ、あれがお空で
白いのが雲だよ。お父さんとお母さんはね、たあくんの
ことが大好きなんだよ」
理解できなくても一生懸命話しかけた。