“生と死”が隣り合わせの場所で 


看護学生の実習を経て、

訪問看護っていいな」と感じた気持ちを胸に、看護師としての道を歩み始めました。


最初の勤務先に選んだのは、

集中治療室(ICU)。

いのちの現場の最前線ともいえる、

緊迫した空気が流れる場所です。



⚡ “一瞬ですべてが変わる”現実 


そこでは、

さっきまで安定していた人の容体が突然変わる、

生と死の境目が、ものすごく近くにある――

そんな現実を、

何度も、何度も、目の当たりにしました。


一瞬で、世界がひっくり返るような感覚。

毎日ただ必死に、

「命を守るため」「安全に」

目の前の方と向き合っていました。




💠 “看る”ことの重みと、深さ 


処置、管理、記録、判断、時間との戦い。

呼吸器の管が口に入っており、

鎮静剤で眠っている患者さんの

ケアをしながら、


「この方は今、どんな思いなんだろう。」

「聴こえてるかな。どんな言葉をかけよう。」


そんな“見えない想い”に、

手を添えたくなる瞬間がありました。




🌿 誰かの「最期」に立ち会うこと 


ICUでは、

その方の最期の時間”に

立ち会うこともありました。


心電図モニターの音が

ピッピッピッピではなく、ピーとなる時…




静かに手を握ったり、

ご家族の不安を少しでも軽くできるよう、

そばにいたり。


「ご本人はどんな想いだったろう。」


「ご家族はどんな想いだろうか。」


ただただ静かに見守りながら、

色んな想いを馳せることもありました。


🪞 自分の中の“芯”が、育った時間 


ICUでの日々は、

決して楽なものではなかったけれど、

“看る”ということは、きっとこの場所で、

少しずつ、静かに、深まったのだと思います。


患者さんは、目を閉じて眠っているようにしか

見えないけれど、


声をかけると、

わずかながらにも指先が動いたり

瞼がほんのわずかにピクッと動くことも。


命の重み。尊さ。

当たり前が当たり前でないこと。

人の想い。

声にならない気配を感じ取ろうとする感性。


「看護師としてのわたし」が育ち始めたのは、

まさにこの、

張り詰めた静けさの中だったのかもしれません。


そしてこのあと、

わたしは“いのちの在り方”に、

もう少し寄り添う場所――緩和ケア病棟へ。



📚 第3話へつづく…

(次は「緩和ケア病棟」での経験へ)


🏠 訪問看護実習“こんな看護がいい” 


看護学生だった頃。

病院実習の一環で「訪問看護」の現場を

体験する機会がありました。




🚪 生活の延長にある看護 


利用者さんのご自宅に伺い、

その人が普段過ごしている空間おじゃまする。

生活の延長にある“看護”。


そこにはその人の日常の空気

そのまま残っていて。


カレンダー、必要物品の置き場所、ベッドの向き

どれも「その人らしい暮らし」の一部でした。


あのとき感じた、静かであたたかい空気

それがわたしには、とても平和な感覚でした。



🧺 「その人の暮らしを活かす」看護 


今でも忘れられないのは――

点滴スタンドの代わりに

ご自宅にあったをハンガーを使ったシーン。


わたしには、

それがとても尊いことのように思えました。


「病院のやり方に合わせる」のではなく、

その人の暮らしを大切にしながら、

看護がそこに寄り添う。


実習担当の看護師さんも

「あるものを使うのよ。」と教えてくださり、

少し胸が熱くなったのを覚えています



👂 その人らしさを大切にする看護 


「その人らしさ」を大切にしながら、

その方の「これまで」と「これから」に、

そっと寄り添う看護。


「訪問看護師になりたい」

そう感じました。


🪞 リプルスで過ごす時間と似ている 


今思えば、

あのとき訪問看護で感じたことは、

今のわたしが大切にしている

リプルスでの時間」に

どこか重なるものがあります。


静かな空間で、

目の前の一人とゆっくり向き合うこと。


それは、わたしの中で

ずっと変わらない“軸”なのかもしれません。




🕯️呼吸器を見れる看護師になりたい 


このときの訪問看護の実習は、

とても心地よかったのですが、


同時に「自分にはまだ何もできない

という無力感もありました。


吸引とかどうするの?もし急変したら?

ちゃんと対処できる人でありたい――。

子どもの頃に抱いた、

あの想いが無意識にも重なります。


まずは呼吸器を扱える看護師になりたいと、

就職先に「集中治療室(ICU)」を

希望し、そこから“現場での衝撃”の日々が

始まりました。

✏️ 第2話へ

→「ICU・緩和ケア病棟で見つめた“命のそば”」


🍃 リプルス立ち上げ時、蘇る記憶  


リプルスを立ち上げる頃から、

ふと何度か思い出す記憶があります。


それは、小学生の頃に参加した、

老人ホームでのボランティアのこと。


本当にあったことなのか、

もはや夢だったのか――

今となっては曖昧な記憶なのですが、


おばあちゃんが乗った車椅子を押しながら、

木々の間をゆっくり歩いた感覚が

何度か想い出されるのです。





🍂 ボランティアでの穏やかな時間 

 

木々の間を

陽の光がやわらかく差し込み、

静かに、穏やかに、落ち着く空気感




🌞 ただ寄り添うだけじゃない 

 

このボランティアをきっかけに、

こう想った記憶があります。


「目の前で何かあった時に、

 ちゃんと対処できる人でありたい」



ただ「やさしく寄り添う」だけではなく、

穏やかな時間を守れる“力”も持っていたいと、

無意識に願っていたのかもしれません。


🕊 わたしの中にあった看護の原点 

 

この感覚が、

わたしを看護師という道へ

導いてくれたという記憶があります。


そしてさらに振り返ってみると――


寄り添いたい

何かあった時にも支えられる存在でありたい


その両方を兼ね備えた“在り方”が、

ずっとわたしの中にあったように思います。




🪞 リプルスがくれた静かな再会 

 

リプルスという拠点を持ち、

人とゆっくり向き合う時間」を

大切にしていく中で、


あの木漏れ日の中の記憶が、

ふとよみがえってくるようになりました。


サロンを始める前には、

思い出すこともなかったのに…。


きっと、リプルスという場所が、

あの頃の感性静けさを、

今のわたしにもう一度、

手渡してくれたのだと思います。



💫 原点は、今とつながっていた 

 

優しさも、力も。

静けさも、確かさも。


その両方を携えて、人と向き合いたい。


そんな想いのはじまりを、

小学生のわたし

無意識にもう知っていたのかもしれません。


そして静かにその“原点”と

再会しているような気がしています。



✍️ つづく —

 看護学生時代、“訪問看護”という在り方に

心惹かれた日へ