今回も

(1) 『米国を破滅に導くポリティカルコレクトネスの事例』

(2) 『シアトル当局者、「潜在的な侮蔑語」を禁止』

という2つの記事で紹介されている事例について書きたいと思う。

 

事例 3

 

=======引用開始========

 

サンフランシスコ当局は、図書館に間仕切りを設置し

小さな部屋を作り、その中にコンピュータを1台づつ入れて

個人のプライバシーを保てるようにした。

 

そのため、変質者が

「ポルノを閲覧する権利」を行使できるようになってしまった。

 

また、「子供がポルノを閲覧できないようにする対策」が取られていない。

 

=======引用終了========

 

日本の漫画喫茶のような場所ってことだな。

 

この事例を初めて読んだ時

記事の執筆者が何に対して怒っているのか分からなかったが

おそらく、こういうことだ。

 

以下は、俺の「憶測」

 

『ポリティカルコレクトネス (以下、PC) 思想』の暴走により

サンフランシスコ当局が図書館のような公共施設で

『ポルノを閲覧する権利』を認めてしまったこと」

に対して怒っているんじゃないかな、と思う。

 

これと似たような事例では

アムネスティ「基本的人権」を追求し過ぎた結果

それまで非難の対象だった「売春婦」に対して

「売春する権利」を認めてしまったっていうことがあった。

 

蔓延してしまった「PC文化」に対して

トランプが、どの程度抵抗できるか分からないが

メディア、大学、高校などは、ほぼ全てが敵だろうから

これから激しい攻撃に晒されるんだろうな。

 

っていうか

選挙結果を受け入れられないSEALDsのようなキチガイ

既に暴動を起こしているけどね。

 

「海外のリベラルは、日本のリベラルと違う」、という台詞をよく聞くが

同じじゃん。

 

ところで

「米国における急成長産業は、『プロ被害者』」

という記事を見つけた。

 

既に、「プロ被害者」「プロ抗議者」などの言葉も生まれている。

 

日本で言うところの、「プロ市民」

 

「どこの国にも同じようなキチガイがいるんだな」

と、暗澹たる気持ちになるが

このような記事が出てくるということは

「賢明な米国人は、気付いている」ってことなんだと思う。

 

今度、上記の記事をネタにブログを書こうと思っているんだが

今、アンチ・トランプで騒いでいるキチガイは

本来の「リベラル」では無くて

「極左」「プログレッシブ」「プロ被害者」「プロ抗議者」

なんだろうね。

 

どこに向かっているのか? その(4)

今回は「感受性訓練」ではなく

(1) 『米国を破滅に導くポリティカルコレクトネスの事例』

(2) 『シアトル当局者、「潜在的な侮蔑語」を禁止』

という2つの記事に戻って

上記の記事で紹介されている事例について書きたいと思う。

 

事例2

 

=======引用開始========

 

シアトル市は

“Citizen” (市民権を有する市民) と “Brown Bag” (弁当) という言葉を

公文書、会議などで今後一切、使用しないように」

と公務員に対して通達を出した。

 

=======引用終了========

 

理由は、もちろん「ポリティカルコレクトネス (以下、PC) 基準」に照らすと

「潜在的に侮蔑的な表現に当たる可能性があるから」

 

まずは、“Citizen”

 

代替語として提案されているのは、”Resident”

 

これは、「市民権は保有していない単なる住民」

 

「俺は、“Citizen” じゃない。”Resident”だ!!!」、なんて

「そこまで神経質になって怒る奴がいるんか?」って疑問に思うが

やっぱ、苦情を言ってきた奴がいるんだろうな。

 

あるいは、シアトル市当局が先走って

「苦情が来たら、めんどくせ~から、禁止にしちゃえ」

ってやっちゃったのかもね。

 

次に、“Brown Bag”

 

米国のスーパーやコンビニ、カフェなどで

飲食物を購入すると、「茶色の紙袋」に入れてくれる。

それをオフィスなどに持ち込んで、昼食として食べる。

そこから転じて、「弁当」という意味で使われるようになった。

 

代替語として提案されているのは

“Lunch-and-Learn”

(昼食を食べながら勉強会を開くこと)

“Sack Lunch”

(スーパーなどで貰える「紙袋」を “Paper Sack”、「ビニール袋」を “Plastic Sack” という)

 

シアトル市当局者の説明によると

「"Brown Bag"という言葉は

過去に肌の色を判断する言葉として使用された経緯がある。

また、催し物に参加したり、ホームパーティに出席したりする資格を

肌の色で決めていた時代があった。

特に黒人は、”Brown Bag”という言葉が使われた時

そのような過去の出来事を想起してしまう」

 

現代とは比べ物にならないような

「差別」が横行していた「不幸な時代」があったことは事実だ。

 

そのような歴史的経緯を忘れてはならない、と俺も思う。

 

しかし、現在の米国人は、「PC思想」を徐々に浸透させるために

「文脈から言葉の意味を理解すること」を放棄し

「言葉を排除すること」を選んだ。

 

まぁ、日本も他国のことを言う資格は無いくらい腐ってるけどね。

 

追記

 

まぁ、行き過ぎた「PC思想」の駆逐という意味では

トランプに期待したい。

 

どこに向かっているのか? その(3)